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2012年12月 アーカイブ

2012年12月01日

各党・候補者の争点に対する態度

表の表わし方
  「改憲」―改憲すべき○、党内に賛否両論あるか消極的△、改憲すべきでない
  「集団的自衛権」―その行使を容認すべき○、賛否両論あり△、容認すべきでない×
  「消費税」―その増税実施に賛成○、反対×
  「原発」―新基準での再稼働を容認○、はっきりしない△、容認しない×
  「TPP」―それへの参加を容認する○、はっきりしない△、反対×
  「辺野古」―普天間基地の辺野古移設を容認する○、反対×
 以上のように表示するとすれば、各党の態度は次のようなもの。

 民主党―改憲(△)、集団的自衛権(△)、消費税(○)、原発(△)、TPP(○)、辺野古(○)
 自民党―改憲(○)、集団的自衛権(○)、消費税(○)、原発(○)、TPP(△)、辺野古(○)
 公明党―改憲(△)、集団的自衛権(×)、消費税(○)、原発(△)、TPP(△)、辺野古(○)
 維新 ―改憲(○)、集団的自衛権(○)、消費税(○)、原発(○)、TPP(△)、辺野古(○)
 みんな―改憲(○)、集団的自衛権(○)、消費税(△)、原発(×)、TPP(○)、辺野古(○)
 未来 ―改憲(△)、集団的自衛権(×)、消費税(△)、原発(△)、TPP(×)、辺野古(?)
 共産党―改憲(×)、集団的自衛権(×)、消費税(×)、原発(×)、TPP(×)、辺野古(×)  
 社民党―改憲(×)、集団的自衛権(×)、消費税(×)、原発(×)、TPP(×)、辺野古(×)
 国民新―改憲(○)、集団的自衛権(○)、消費税(○)、原発(○)、TPP(×)、辺野古(○)
 大地 ―改憲(△)、集団的自衛権(○)、消費税(×)、原発(×)、TPP(×)、辺野古(×)
 改革 ―改憲(○)、集団的自衛権(○)、消費税(×)、原発(△)、TPP(○)、辺野古(○)
 新日 ―改憲(○)、集団的自衛権(?)、消費税(×)、原発(△)、TPP(×)、辺野古(?)

各党の候補者(12月8日付毎日新聞アンケートより)
 改憲:自民・維新・みんな―ほぼ全員が賛成
            (9条改定は自民が9割、維新が85%、みんなの党は82%が賛成)
     公明―賛成87%(9条改定には反対94%)
     民主―賛成58%(9条改定には反対67%)
     未来―賛成53%(9条改定には6割が反対)
     共産・社民―ともに全員反対
 集団的自衛権の行使否認「見直すべき」―自民92%、維新94%
        民主 は62%が「見直す必要ない」と
 消費税増税:民主―実施に賛成73%、先送り18%
       自民―実施に賛成64%、先送り27%
       維新―実施に賛成38%、先送り39%
       共産―全員反対 
 原発の新基準での再稼働―民主・維新は全員容認
                   自民は85%、公明は94%   
                   共産は全員反対
 TPP参加:民主―51%賛成 21%反対
     自民―64%反対
     公明―賛成11%、反対43%
     維新―賛成75%
     未来―反対92%
     共産・社民―ともに全員反対
 普天間基地の辺野古移設―民主・自民・公明3党候補者の過半数が肯定
            維新・みんな両党とも約8割が肯定
 核武装の検討または保有―自民38%、維新77%が肯定

 選挙の結果、自民党・公明・維新・みんな・民主党などの当選者が多ければ自民党・公明・維新・みんな・民主党などの当選者が多ければ、(改憲派政権下、改憲派多数国会で)
  改憲されるようになり、自由・平等の平和国家から管理・競争の軍事国家へ、
  集団的自衛権の行使ができるようにされ、普天間基地は結局・辺野古に移設されるようになって、日米同盟(安保)は永続、自衛隊(「国防軍」)は米軍につき従って、中国・北朝鮮・イランなどと敵対、沖縄基地も永続。
  消費税増税は実施されるようになり、8~10%とられ続け、所得の少ない人ほど重い庶民酷税に甘んじなければならなくなる。
  原発は再稼働されるようになり、いつまた地震・津波で放射能放散事故が起こるかも知れず、核のゴミ(使用済み核燃料)も増え続けることになる。
  TPP参加は結局・容認されるようになり、例外なき関税撤廃で食糧をはじめ経済主権を失い、地域経済も医療国民皆保険制度もガタガタになる、               
                              ということだろう。
 こんな国で暮らし続けなければならない子や孫たちはかわいそうだ!

 なんて思っているのは当方だけなのだろうか?


「愛の武将隊」 米沢 上杉神社前(「愛」の兜の直江は他所へ出張中でいない)


2012年12月06日

改憲問題が争点に(加筆修正版)

 今、選挙の際して国民が政府・国会議員に対して「何とかして」と切実に求めているのは景気対策・デフレ脱却、震災・原発災害からの復興、年金・子育てなど社会保障であり、政権党・野党各党の側から選択が迫られているのは消費税増税の実施の是非、原発利用継続の是非、TPP参加の是非など。
 ところが、安倍自民党と石原維新の会は改憲・自主憲法制定を政権公約に掲げ、その是非を争点として突きつけている。

 
 各党の改憲案
 ①自民党
 ●天皇を「元首」に―国民の上に立ち、憲法擁護義務を負わない?(国民が主権者であることをぼやけさせる)・・・現行憲法では天皇に(国務大臣や国会議員・裁判官その他の公務員とともに)「憲法を尊重し擁護する義務」を負わせているが、それを国民の方に「全て国民はこの憲法を尊重しなければならない」として、国民の義務を(現行憲法では勤労・納税・教育の3大義務だけなのに、それ以外にも)様々列挙し、国や公の機関の指示に従わなければならないとして課している。
 ●近代憲法は、政府や公務員にそれを守らせ、権力の乱用を防ぐのが役目なのに(いわゆる立憲主義―伊藤博文・明治憲法の起草者でさえ、いわく「そもそも憲法を設くる趣旨は、第一、君権を制限し、第二、臣民の権利を保全することにある」と)。
 ●日の丸・君が代を国旗・国歌として尊重することを明記。
 ●9条に自衛隊を「国防軍」として明記・・・・国防軍に審判所(軍事裁判所・軍法会議のようなもの)を置く―「国防軍に属する軍人その他の公務員がその職務の実施に伴う罪または国防軍の機密を犯した場合の裁判を行なうため」と(ところが別の箇所には「特別裁判所は設置することはできない」と―矛盾)。
 ●緊急事態条項―武力攻撃・内乱等による社会秩序の混乱、地震等による自然災害その他
  総理大臣が緊急事態を宣言し、事前または事後に国会の承認を得る。宣言が発せられた時、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができる(それによって、国民やその施設の動員を義務付け、一時的に人権制限)―かつての緊急勅令や戒厳令のようなもの。
 (災害緊急事態は現行憲法でも想定されており、具体的には災害対策基本法に条項が定められているのに。)
 海外居留民保護―「国外において緊急事態が生じたときは、在外国民の保護に努めなければならない」と(かつてはそれを名目に出兵)。
 ●国会の改憲発議要件を現行では衆参総議員の「3分の2以上の賛成」となっているのを「過半数」へとハードルを下げる。
 ③維新の会
 首相公選制、一院制、道州制
 9条改定で国民投票を実施。
 改憲発議要件を自民案と同じく過半数に
 ②みんなの党
 天皇を「元首」に
 日章旗と君が代を国旗・国歌として明記。
 首相公選制、一院制、道州制
 改憲手続き緩和
 ④公明党―現行憲法に環境権やプライバシー権などを付け加える(加憲)。

 選挙の結果は、その自民党と維新の会が大勝・躍進する可能性が高く、来夏の参院選でもこの両党の他にみんなの党あるいは民主党・公明党など多かれ少なかれ改憲を容認している党派が、合わせて3分の2以上議席を取るようなことになったら、改憲が実行されることになる。まずは96条改定(国会での改憲発議要件を賛成3分の2以上から過半数にして改憲しやすくする)から始まって、「環境権」などの加憲、天皇の元首化、国会の一院制化・首相公選制、そして9条改定(自衛権の明記、自衛隊を「国防軍」として名実ともに軍隊化)に至る。そのような明文改定には長い期間を要するとしても、「集団的自衛権の行使」容認などの解釈改憲は容易に行われてしまうだろう。
 これが行われれば、戦後、不戦平和国家として国際的にも認知されてきた我が国に対する見方はがらりと変わることになり、「戦争する国」として警戒の眼差しで見られることにもなるだろう。とりわけ、中国や北朝鮮を我が国が警戒し脅威と感じるように中・韓・北朝鮮・ロシアなどから、或いはたとえシュミレーションとしてでも核武装化を試みるようなことがあればアメリカからさえも警戒されるだろう(軍事ジャーナリストの田岡俊次氏などのよれば、アメリカが核武装を最も恐れている国は実はこの日本なのであり、IAEAの最重要査察対象国は他でもないこの日本なのだ)。

 「中国や北朝鮮が攻めて来たらどうする?いつどこから攻めてくるかわからない。自衛隊も米軍基地も無くてよいのか?」「台湾が中国から攻撃されて、それに介入して出動した米艦が中国軍から攻撃された時、自衛隊が米軍の援軍として武力を行使せず黙って見ているだけでよいのか?」(11月30日の「朝まで生テレビ」などで見られた議論)
 とは、よく言われる「仮定の質問」だが、そのようなことは、実はありそうであり得ない(可能性はあっても蓋然性(必然性)はない)ことなのであって、そのような問いかけ自体が間違っているのだ。

 地震・津波・台風などの自然災害なら、いつ来るかわからないが、必ず来る。それは人間が阻止もできないし回避―かわすこともできない。しかし、戦争や軍事攻撃は自然災害とは異なり、人間が行うものであって、意図や理由・目算があって、人間の意志で決断して始めもすれば取りやめることもできるし、思いとどまらせ、やめさせることもできる。それは軍備によって阻止し抑止することもできるし(但し、「備えあれば憂いなし」とよく言われが、軍備による抑止のやり方は、かえって相手側の軍事力強化や軍拡競争を招き、かえって緊張を激化させ、戦争を誘発する危険をともなうので、それは賢明な方法ではない)、それ(軍備)には頼らなくても、(普段から友好協力を重ねて信義を結び、信頼の上に立って)、交渉・取引・説得などによって阻止(思いとどまらせることが)でき回避することができるのである。
 
 まず、中国が、何もしない日本の自衛隊や海上保安庁などの艦船や米軍基地その他に対して一方的にいきなり攻撃をしかけるとか、日本に攻め込むなどあり得ないし、台湾を攻撃することもあり得ない。北朝鮮も、である(核・ミサイルの実験や軍事力の誇示・挑発行為などはあっても)。
 なぜなら、独裁国家だから、自国民を犠牲にしても他国民を犠牲にしても、無法行為(拉致やテロその他)も平気な国だとはいっても、目算なしに(かつて日本が行った勝ち目のない無益・無謀な戦争の二の舞は踏むまいとの計算をも含めて)無謀な挙(アメリカに対しても、韓国に対しても、日本に対しても、本格的攻撃・開戦)に出ることはあり得ない。(追い込まれて苦し紛れに、「窮鼠猫をも噛む」が如く自暴自棄に走ることはあり得るが、それは追い込む側の問題。)北朝鮮がひたすら求めてやまないのは、むしろアメリカに対してキム現政権の安全保障と和平・国交正常化・経済支援を獲得することだろう。
 中国と台湾・アメリカとの関係は、今は日本以上に緊密であると言ってもよく、中台間は経済的には一体化が進んでおり、人々の往来も盛んでFTA(自由貿易協定)も結んでいる。米中間も緊密な関係をなしており、中国はアメリカにとって最大の貿易相手国にして最大の債権国であり、米中戦略経済対話を毎年2回両国とも最高レベルの閣僚が集まって開催している間柄である。中台戦争も米中戦争もあり得ないのだ。

 それから、米軍が中台紛争に介入して中国軍から攻撃されたら、集団的自衛権を理由に、自衛隊が援軍出動することができるように、(解釈改憲であれ、明文改憲であれ)改憲すべきだ、というのも成り立たない議論だ。
 なぜなら、自衛権というのは自国が攻撃された場合のことであり、集団的自衛権というのは同盟国の本国(アメリカならアメリカ本土かハワイやグアムなど)が攻撃されたばあいのことなのであって、イラク戦争やアフガン戦争に出撃した米軍に自衛隊が援軍出撃して武力行使することなどできない。それと同様に、中台戦に介入して国外で攻撃された米軍に自衛隊が援軍として出動し武力行使するのは集団的自衛権には当たらない―それは自国も同盟国も攻撃されてもいない国外の戦争に参戦するということ以外の何ものでもないからである。
 そのような参戦・武力行使は憲法だけでなく日米安保条約上もできないのである。安保条約には第1条に「締約国は、国際連合憲章に定めるところに従い、それぞれに関係することのある国際紛争を平和的手段によって国際の平和及び安全並びに正義を危うくしないように解決し、並びにそれぞれの国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎むことを約束する。」
 このような国際紛争に際する武力行使の禁止は国連憲章に規定があって、安保条約もそれに従って同じように規定している限り、憲法を変えてもどうにもならないわけである。

 いずれにしても、このような、あり得ない「たられば」の仮定の上に立った質問からは議論が成り立たない、ということである。これらあり得ない仮定のことを想定し、それを口実にした自衛権の明記、集団的自衛権の行使容認など改憲をはかる勢力の伸長を阻止しなければこの国はどうなるか。
 戦後、不戦平和主義を国是とし、(朝鮮戦争・ベトナム戦争・湾岸戦争・イラク戦争・アフガン戦争などあったが)戦争では一人も殺し殺されることのなかったこの国は「戦争をしない国」から「戦争をする国」(戦争で「殺し殺される国」)に変身することになる。
 そして、軍事力を背景にした外交(軍事主義)―強硬外交(タカ派的外交・対決姿勢)
それは国際緊張とりわけアジア諸国に緊張を呼び起こすことになる(かつての日本軍国主義の「悪夢」を想起)。
 近隣諸国は、日本が中国と張り合って軍事大国化するのを歓迎し、日本にすり寄ってくるだろうか。否かえって不安がられることになるだろう。
 中国・北朝鮮・ロシアそれに韓国でも日本への警戒・反日はさらに強まり、尖閣・竹島・北方領土をめぐる緊張はさらに激化するだろう。北朝鮮はアメリカのみならず日本に対しても脅威感を強め、核・ミサイルをおとなしく手放すどころか、益々すがりついて離さず、「先軍政治」(かつての日本と同様の軍国主義)を取り続けるだろう。
 日本の外交力の弱さは、石原氏らは軍事力が弱いからだと言っているが、それはアメリカの軍事力と外交力に頼り切って追従してばかりいるからなのであって、アメリカにも軍事力にも頼らずに、したたかに平和主義と信義に徹してこそ強い外交力をもつことがでるのでは。

 景気の悪化・不況の原因の一つは日中間の関係悪化である。それを招いたのは尖閣「国有化」であり、そのきっかけをつくったのは石原前都知事の尖閣購入計画と考えられ、このところの不況の悪化を「石原不況」と言う向きもある。

 このところの中国脅威論や北朝鮮脅威論の高まりを追い風にタカ派改憲派が勢いずいているきらいがある。
 しかし、安全保障の要諦は「敵をつくらないこと」(田岡俊次)であって、隣国を敵国とせず、不仲な国を友好国に変えることである。憲法9条を変えて中国・北朝鮮を仮想敵国にして軍事体制を強化することではない。

 現行の日本国憲法は大戦に至る歴史の中で犠牲にされた数多の命(大戦では日本人300万人、アジア諸国民2,000万人の血)で贖って得た、この上もない貴重な「宝物」であり、世界が日本国民に平和の担い手として与えた、いわば責任証書ともいうべきもの(前文には「日本国民は、・・・・・・・政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないように決意し・・・・・この憲法を確定する。」「・・・・・これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基づくものである。」「われらは、・・・・・・国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う。」「日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓う。」と)。これをむざむざ放り出してしまうようなことになってもいいのだろうか。
 選挙は改憲派が優勢、まさに歴史的危機というものだ。

 


2012年12月10日

12月のつぶやき(上に加筆)

●ああ、右傾化内閣
増税路線、原発再稼働路線、構造改革路線、改憲路線、どうなるものかわからない日銀の建設国債の大量引き受けによる物価引き上げと大型公共事業など副作用を伴う劇薬策。
 対中韓外交は当面タカの爪を隠し、尖閣・竹島はしばらくは膠着状態。
 しかし、学校などでは、日の丸・君が代に「右ならえ!」、テスト・テスト・競争・競争。先生も生徒もギスギス・いらいら・うつうつ。
 「冬の時代」到来。ああ嫌だなあ・・・・・・
●自民党の得票率は全有権者数からみれば小選挙区では24%台、比例区では15%台にすぎず、前回選挙の時よりも得票数はむしろ減らしている。
 ところがマスコミは何かにつけ「圧勝した自民党は・・・・・・・」と解説する。それを耳にする人々は安倍自民党が圧倒的な支持を得たかのように錯覚する。これがまた世論誘導になっている。国民の圧倒的な支持を得ている安倍政権のやることに間違いはあるまいと多くの人が思ってしまう。
世論調査では選挙直後よりもその後内閣が発足した直後の方が自民党の支持率が増えている。
 それにつけても、安倍政権下に改憲連合が形成されつつあるのに、護憲連合への動きは全くない。社民党は、例によって共産党に背を向けて未来の党と組もうとしている。ところが、その未来の党も分裂。いったい何をしてるんだろう。
●朝日川柳より
         「外堀埋めて攻める9条」(前安倍内閣で国民投票法、今度は憲法96条)
         「世論調査 世論操作に見える日々」(投票日前のもの) 
 「かたえくぼ」
         「『自民圧勝・維新躍進』 窮状です―平和憲法」
  自作     「『自民圧勝』 虚構です―小選挙区制」
        「NHK4党以外は出る幕なし」(投票日翌日夜の番組には自・公・民・維だけ)
  女房作   「原発事故 も一度繰り返さぬと身に沁みぬ」      
●朝日川柳より。
         「原発とあれだけ言って結果これ」
         「平成の世にこれほどの紋次郎」―投票率(あっしには関わり合いのねえこって)
 「かたえくぼ」(小話)
         「『自民が圧勝』 タカ笑い―安倍総裁」
                                 うまい!
●国民はABCDの4層に分類されるという。小泉内閣が「郵政選挙」前、「メディアを使って選挙戦をどう戦うべきか」という分析を頼んだスリードという広告会社が考えたもの。(インターネットで調べられる。)
 A層は政治家・有識者・大手メディアの人間など社会的地位が高く、IQも高く、小泉構造改革への関心が高い層。
 B層は主婦層・若者層・高齢者層など大衆で、比較的IQが低く、マスコミ報道に流されやすい層。具体的な政策よりも人気によって政治家を支持する傾向にある。
 C層は、IQは高いが、小泉改革に慎重な層。
 D層はIQも小泉改革への関心も低い。
としたうえで
 A層は、マーケティングを駆使して積極的にB層向けの商品を作り続ける。選挙戦もB層をターゲットにして戦うべきだと。

  「俺はどの層かな。A層でないことは確かだが、C層でもないか」と言うと、女房、「D層だべ」と。
 ん?
   ああ、日本を動かしているのは、やっぱりA層とB層なのか。

 これで、いずれ比例区の議員定数が削減され、少数政党の議席は奪われて、改憲派が3分の2以上になり、まず96条の改憲発議要件が3分の2以上の賛成を要したのから過半数だけで改憲できるようにされる。そのうえで次々と変えられていって9条まで変えられるんだな。ああ、ああ・・・・・・・・・
安倍自民党が石原・橋本維新の会で有利に展開
 国内の閉塞状況、対外的にも危機的状況下で国民の不満・不安をすべて現政権の民主党に押し付け、民主党政権のせいにして自らに有利に展開。
 デフレ不況、消費税増税、大震災・原発災・・・・対米問題(普天間問題・オスプレイ問題)、対中危機(尖閣をめぐって緊張、経済関係悪化)、対北朝鮮問題(ミサイル打ち上げ)、対韓国・竹島問題・・・・これらはすべて民主党の責任に転嫁。維新の石原党首は北朝鮮によって拉致が起きたのは9条のせいだと改憲を煽っている。

 中国・北朝鮮などに対しては「脅威!脅威!」、「領土・領海は断固として守る」「毅然として」対処すると言って警備活動の強化と自衛隊・日米同盟の強化を言うばかりで、具体的な打開の手立ては全くない。それはかえって緊張を激化させるだけであり、日中関係はさらに悪化の一途を辿るばかりで、北朝鮮の拉致被害者は帰って来れなくなるばかりになる。
 また、金融緩和、建設国債の日銀引き受け、「国土強靭化」公共投資など、それらは一時的カンフル剤にはなっても、再び国の借金をさらに膨らませるばかりとなる。

 安倍自民党と維新の会とのタカ派路線は相乗効果を発揮し、改憲の動きも加速するだろうし、一億総タカ派・右傾化になりかねない。
 世の中、ますますギスギス、閉塞状況はさらにひどくなる。職場でも学校でも施設でも締め付けがひどくなる。
 ああ、この国は・・・・子どもたち、孫たちが可哀相でならない。

●北朝鮮、ミサイル発射予告。女房いわく、「原発何十か所もあって、攻撃さっちゃらどうすっこど。数打ちゃ当たる、ちゅうもんでないの」。んだな・・・・・・・
 たしかに危ない。迎撃ミサイルで撃ち落とせる?発射前に敵基地攻撃をかける?こっちも核ミサイルを備えて抑止する?それで防げるの?阻止できるの?
 愛川欣也の「パックイン・ニュース」(インターネット・テレビ)でパネリストの田岡氏(軍事ジャーナリスト)が語るには、あれは彼らが言っている通り人工衛星打ち上げ用ロケットで、弾道ミサイルとは別物だと。目的は国威発揚だろう。軍事用ミサイルなら、あんなふうな発射台に据え付け燃料注入に時間をかけたりしない。それに迎撃ミサイルは軌道に乗って飛んでくるミサイルなら撃ち落とせるが、失敗して軌道からはずれて、どこに落ちてくるかわからない(軌道計算ができない)ものに撃っても当たりはしない。当たっても残骸がバラバラになって落ちてくるだけのこと。あんなテポドン(長距離ミサイル)なんかでなくても、ノドンやムスダン(中距離ミサイル)は既に多数実戦配備しており、日本を射程におさめているのだ、と。
 だとすれば、日本のあちこちに同時に飛んでくるミサイル(ノドン)を迎撃ミサイル(PAC3など)で全て命中させて撃ち落とすことは不可能だろう。やはり「数打ちゃ当たる」ということか。
 こりゃ大変だ。 原発は止めておかなければ。
●愛猫は、約一週間、居間に横たわったまま、当方の留守中、ついに息を引き取った。小学生の孫たちは大泣きしたという。それを聞いて涙がでた。身体に障害(片手が欠損)を持った猫だった。当方が餌係りだったが、その役目も終わった。これまで犬2匹・猫5匹以上も葬った勘定になるが、今は犬(ミニ・ダックスフンド)1匹だけが残った。
●血圧―自家で一か月以上、途中、血圧計を買い替えて続けた測定記録。計器と記録簿を医院に持って行って医者の目の前で、自分の計器で測ってみてと言われて測ったら何と200以上も。しかし、医者が医者の計器で測って言うには普通にしていていい、薬などは飲まなくてもよいとのこと。まあ、ほっとした。帰ってから測ってみたら、やはり130台でどうということはなかった。日課が血圧測定から解放されて、毎日測らなくなくて済むようになった。
 猫のほうが具合を悪くして、3~4日餌を受けつけなくなって寝転がっているだけ。居間の炬燵の脇で絨毯に寝転がったまま排尿。その始末をしながら女房が言うには、老衰でそのまま逝くのだろう、医者に連れて行って延命などしても、かえって可哀そうな思いをさせるだけだと。一番上の孫が生まれる前から飼われていたから、齢13~4年。かく言うこの俺はあと何年?この月誕生日が来る。

2012年12月11日

草の根政党の存在価値(加筆修正版)

 不当解雇されたという知人。彼が言うには、自分はどうでも、他にも不当な扱いを受けた職員や入所者がいる。彼らのために、又、今後にわたって人々から必要とされる大事なこの施設の存続のためを思うと黙ってはいられない。議員に頼むんだったら共産党の議員がいいと思っている。なぜかというと、共産党は票にならなくても一生懸命やってくれるからだ、と。

 そこで考えた。

(1)民主主義の問題点
 民主政治とは多数支配で、選挙で国民の多数支持を得て多数議席を獲得した多数派政党が政権を握って統治するやり方。
 民主政治とは、いわば市場政治で、政策と人物(大衆を引き付ける才、弁舌、政治力・ポリシーなど)の売り手(政党・候補者)と買い手(選挙人)があって、買い手の多い(選挙で票の多い)政党・候補者が当選して議員となり、より多数議席を獲得し過半数を制した政党が国会で決定権を握り、かつ政権を握って行われる。
 政治家には二通りのタイプがある。一つは地位・権力・権益・名声などにありつこうとする欲望・野望から政治家になって政党を率い、或いはその政党に所属して立候補する者彼らが力を尽くし奉仕しようとする相手は選挙で票になる相手であり、最大限多くの票が得られそうな層を対象にして売り込もうとする。(ポピュリスト政治家は「賢くて強い」などを売りにする。大衆は、それが格好いいとその方になびき迎合しがちだからである。)
 それに対して、もう一つは、そうした欲望・野望なしに、ただひたすら困っている人々のため、恵まれない人々のために、或いはその政策を切実に求めている人々のために尽くそうとする政党・候補者―民衆への奉仕的精神に立ったいわばボランティア・タイプの政治家で、その愚直さは大衆にはあまりうけない(なぜなら大衆はとかく「強くて賢い」政治家になびき、愚直な政党候補者は「バカ正直でお人よし」と侮られがちだから)。

 前者は多数派(マジョリティー)の政党であり、後者はマイノリティーの政党、と考えられる。

(2)資本主義・市場競争社会では人々は上中下の階層に分かれ、下層でも、そのまた下の人たち(最下層・最貧層・いくら頑張っても自力では生活できない、条件に恵まれない人たち)が存在する。彼らは、数の上では相対的に少数(マイノリティー)なので、選挙の票田としては小さく、あまり票にはならない。したがって議員になって大臣あわよくば総理大臣にもなって権力にありつきたいという野心をもつ政党とそこに集まる候補者がターゲットにし、支持を得ようとする選挙民は、数の上では大多数(マジョリティー)をなす中間層(実際はそうでもないのに、人はとかく自分を弱者・マイノリティーだとは思いたがらず、自分よりまだ下がいると思い込んで「中流」の部類と思っている。そういう人も含めた中間層)から上の層(富裕層)。自民党にしても民主党あるいは維新の会・みんなの党なども、そのての政党・候補者が相手にするのは、大票田となり、金づるにもなる(政治献金が得られる)財界・大企業とその労組であり、中流意識をもつ市民・中間層から上の人々(マジョリティー)で、彼らに対しては一生懸命尽くして人気取りに努めるが、大して票になりそうにない下層・弱者(マイノリティー)に対しては、一生懸命になれない。
 そういう政党や候補者の多い中で、公明党と共産党などは一般に「弱者の党」と見なされている。ただ公明党は、自民党との連立政権に加わったり、石原都政の与党になったり、消費税増税の民自公3党合意に加わり、維新の会とも選挙協力を行ったり、「強者政党」の方近づき、共産党とは対立関係にある。こうして見ると共産党が唯一の「弱者・マイノリティーの党」ということになるか。
 このような政党は「万年野党」に止まらざるを得ないのかもしれない。しかし、無くてはならない存在であり、議席(国会や地方議会での発言権)を無くしてはならない政党である。
 なぜなら、票にはならなくても、また政権はとれなくても、弱者・マイノリティーのために人道と正義にために、ただひたすら頑張ってくれる政党の議員だからである。そういう議員がいなくなったり、わずかな人数に止まれば、当の弱者たちマイノリティーはもとより、国民全体にとっても、多数派の横暴・右傾化暴走に歯止めをかける役割(チェック機能)をもつ政党の議員が一定数いなければ困ることになるだろうからである。(多数派の政権・政策にただ反対するだけでなく、提案を示し、或いは、窮状に置かれ窮地に瀕している人たちの切実な声を国会・委員会で取り上げて代弁し、告発もしている。市民の請願署名の国会への提出には国会議員の紹介がなければならないが、紹介を頼まれる議員が一番多いのは共産党55%で、民主24%・自民11%より多い。)
(3)国際的にもそうで、歴史的に近隣諸国に対する侵略政策をとる支配政党とそれに対するマイノリティーの党の抵抗があった。かつての政権党・有力政党は藩閥官僚・財閥資本家・大地主層などの利益を代弁する政党で多数派支配政党として国民を朝鮮・満州の侵略に駆り立てていった。さらには全ての政党が大政翼賛会に合流し、いわばオール与党の下で中国~アジア・太平洋へと戦争を拡大させていった。それらの暴走をくい止める政党はなかった。
 共産党は「無産者の党」「労働者の党」として「万国の労働者、団結せよ」のスローガンの下に、各国の虐げられた人々との連帯を掲げて反戦と民主主義を説き続けたが、ずうっと迫害・弾圧され続けた「マイノリティーの党」だった。ところが敗戦・連合軍占領下に新憲法が制定され、それまで異端視されてきた共産党の反戦・民主主義などの主張は日本国民に正統性をもって受け入れられることになった。しかし、政権党はアメリカに服従し、安保条約を結ばされて基地を提供し、日本は従属国の状態に置かれることになった。共産党はそれに反対し、ソ連・中国の党の干渉をも排して自主独立路線を貫き、大国のいいなりになることに抗ってきた。今は自民・民主その他どの政党もマスコミも「日米同盟・基軸」による安全保障神話にすがりついてアメリカの産軍複合体と利益を分かち合う安保路線を維持し、アメリカの業界と利益を分かち合おうとするTPP参加路線に向かおうとしている中にあって、唯一それらに反対し、どの国との間でも平和友好と経済主権の確保を主張し、たとえ票にはならなくとも、ただひたすら基地住民・農民・小生産者・庶民消費者のために尽くそうとする草の根の「護民官」に徹している


 このような政党は希少価値?があるというもので、その議席を減らしてはならず、社民党など他の護憲派議員と合わせて改憲発議をはばむに足るだけの3分の1以上議席に達するように議席を増やさなければなるまい

 と思うのだがいかがなものだろうか。  

2012年12月16日


               伝国の杜置賜文化ホール 能舞台    

2012年12月17日

国民の“B層”が決定づける選挙(加筆修正版)

今回の選挙:自民党が「圧勝」―議席の6割を超える
 当選者は改憲賛成が9割、集団的自衛権行使賛成が8割
 ところが、投票率59.32%―戦後最低(4割以上も棄権)(原因はマスコミが選挙前から世論調査などで「自民党大勝」予測を出したため、「だったら、投票に行かなくとも、どうせ決まったも同然」と決め込んだ向きが多かったこと、それに12党も乱立して訳が分からなくなって面倒くさいとなった向きも多かった等が考えられる。)それに無効票(白票や候補者以外の名前を書いた票)も過去最高で3.31%(約204万票)
 そこで
 自民党の相対得票率(投票総数に占める割合)小選挙区では43.01%、 比例区では27.62 %
     絶対得票率(有権者数に占める割合)小選挙区では24.67%、 比例区では15.99%
   ということは自民党への投票者は有権者全体から見れば決して多数派ではなく少数派                                                  
     なのに議席は、小選挙区では(2割台の得票で)8割(237議席)も獲得
                       (それが小選挙区制のおかしなところ)
                    比例区では(1.5割台で)3.2割(57議席)

 国民はABCDの4層に分類されるという。小泉内閣が「郵政選挙」前、「メディアを使って選挙戦をどう戦うべきか」という分析を頼んだスリードという広告会社が考えたもの。(インターネットで調べられる。)
 A層は政治家・有識者・大手メディアの人間など社会的地位が高く、IQも高く、小泉構造改革への関心が高い層。
 B層は主婦層・若者層・高齢者層など大衆で、比較的IQが低く、マスコミ報道に流されやすい層。具体的な政策よりも人気(イメージや空気)によって、或いは「寄らば大樹」で大政党か勢いのある政党・政治家を選択する傾向にある。
 C層は、IQは高いが、小泉改革に慎重な層。
 D層はIQも小泉改革への関心も低い。
としたうえで
 A層は、マーケティングを駆使して積極的にB層向けの商品を作り続ける。選挙戦もB層をターゲットにして戦うべきだと

 経済アナリストの森永卓郎氏によれば、B層は「郵政選挙」における小泉政権の支持母体、「政権交代選挙」における民主党の支持母体にもなった、という。
これで言うと今回の「政権奪還」+「第3極」選挙における自民党と維新の会の支持母体もやはりB層というわけか。
 ただし、ここに言う各層分類の基準の一つを「IQの高い低い」としているのは、どうも短絡的で、それよりも「民度(知的水準・教育水準・文化水準・行動様式などの成熟度)の高い低い」とした方が適切なような気がする。

 4割以上もの棄権。自民党が圧勝といっても、その得票率(有権者総数に占める絶対得票率は1.5か1.6割)よりも、この棄権率(4割)のほうがはるかに多いのだ。棄権したのはD層(無関心層)、それにC層の中にも「どうせ投票しても死票になるばかりで意味がない」と思う向きには)棄権した人はいるだろうが、A層はもとより投票所に一番足を運んだのはB層だろう。
 自民党の大勝と維新の会躍進など改憲派の圧勝(自・公・民・維新・みんな・未来など当選者の9割が改憲賛成、8割が集団的自衛権行使賛成、彼らの当選)を決定づけたものは、やはりB層の投票だろう。この層は、原発再稼働も消費税もTPPもやむを得ない、沖縄基地もオスプレイもやむを得ない、中国・北朝鮮とは戦争になってもやむを得ない、といった感覚で、政策の良しあしはどうでも「決断と実行」力のある政治家であればそれでよく、A層が掲げる(維新の会がスローガンに掲げるような)「賢くて強い日本」で「君が代が千代に八千代に」栄え続ける国であればそれでいいのだ。
 このB層が、この国のあり方を決定づけている、といってもよいだろう。
 この国の国民の民度は高いという向きもあるが、それほどでもないという向きもある。いずれにしろ、B層に限って言えば、民度は高くないということだ。それがこの国の民主主義の未熟さ、この国の政治家たちの国際水準(ひいては外交力)の低さにもつながっている。
 ただ、黙々と働く勤勉さと天災・人災にも耐える忍耐は日本人の美徳とされてはいるが、政治問題・社会問題への関心、選挙・投票となると民度・政治意識の点では、まだまだ。

 A層(社会的地位の高いエリート層)に立った支配政党は、数の上で最多のB層(大衆)をターゲットにして最大の票田とし、D層(単にIQの低い無関心層とは限らず、目の前の生活で手いっぱい、或いは仕事探しや介護などで忙しく、政治も政策も考える時間・余裕がない、という人々)の棄権を有利とするが、彼らやマスメディアにも対抗しなければならない非A層政党は、B層やD層の民度(政治意識)の向上・啓発にも大いに心がけ(民度の高いC層の人たちとともに、上から目線ではなく共に教え学び合って)役割を果たさなければならないだろう。
                 と思うのだが、いかがなものだろうか。

2012年12月18日

選挙権のない一高校生の投稿に同感

 12月18日付朝日の「声」に東京都の18歳高校生の投稿が載っていた。
 「古くダサい政治に戻さないで」と題し、総選挙が終わって、「選挙権のない一高校生ながら納得できない気持ちになったとして、次のように書いている。
 「特に自民党の選挙戦略は『与党返り咲きが見え、尖閣諸島や北朝鮮のミサイル問題がクローズアップされた今がチャンス』とばかりにどさくさにまぎれて優先順位を入れ替えた非常に卑劣なものだったと思える。北朝鮮の核ミサイルが飛んで来ることより大地震で再び原発が壊れることの方が、よほど現実的に思えるのは私だけだろうか。」(いや、当方にもそう思える。)
 「国内の重要問題から目を背け、外国を敵視して国民の目を向けさせる。・・・・戦前によく似ていると思う。『誇れる日本を』と叫んでいたが、私には『威張れる日本を』と聞こえてならなかった。」(同感)
 
 「このようなことを書くとは・・・・。『自虐史観』のせいだ。愛国心教育をもっと徹底させなくては」と、またやかましく言い立てられるようになるのだろうか。
 負けるな高校生!

2012年12月27日

「抑止力」批判論

 アメリカでまた銃乱射事件(小学校で26人が命を失った)。
 この国では市民に自衛のために家で銃を持つことが権利として憲法で認められている。それは、この国の建国とフロンティアの特殊な歴史(インディアンの地に植民・移住して町をつくり土地を開拓し原住民を追い払って領域を広げていった歴史)からきている。
 この国では、ピストル・ライフル・ショットガンまでスーパーやスポーツ用品店で売られており、全人口に匹敵する3億丁もの銃が流通、全世帯の45%の世帯が銃を所有している。そして年間3万人以上もが(自殺や事故も含めて)銃で命を無くしているのだ(人口10万人当たり3.2人―日本では0.006人なのに対して、世界で突出して多い)。
 そこでは、市民が所持する銃は暴漢の発砲抑止になっているというよりは、むしろ暴漢の発砲を促す素になっている。彼の家に銃(ライフル1丁とピストル2丁)さえなかったら26人もの殺人を犯すことはなかったというのは確かだろう。
 そもそも「抑止力」(思い止まらせる力)とは合理的判断(そんなことをすれば、撃ち返されて命を落とすか、刑罰など制裁を被るか、良心の呵責にさいなまれるか、かえって割の合わない結果を招くという判断)ができる普通の市民にしか効かないのであって、そういう判断ができないか、そんな合理的判断など度外視している暴漢(正常な感覚を失ったか、「やけっぱち」になって良心も理性も保ち得なくなった相手)には通用しないのだ。ということは、普通の市民に対しては互いに「抑止力」(銃)を持ち合うなど不要で、一部の危険な人間(暴漢)に対して警官だけが銃を持って対処すれば十分なのである。普通の市民に不要なのに銃の所持を認めれば、それが暴漢に利用・悪用されるか、普通の市民が(銃を持てば、それに頼りがちとなり、話せば解るのに、問答無用とばかり)暴漢に化して発砲することになる(小学校で乱射事件を起こした男は家にあった銃を持ち出して行為におよんだのだ)。だから、それは禁止すべきなのである。日本のように。

 尚、「合理的判断」とは倫理的に正しいか否か、法的に正当か否か(不正・違法なら刑罰・社会的制裁を被る)、損得勘定(「費用対効果」の計算、リスク計算など)で割が合うかなどの判断。
 「非合理的判断」とは熱狂・激情・宗教心(狂信)・ギャンブル(賭け)・やけっぱち(自暴自棄)・異常心理・精神錯乱などによるもの。
 後者の場合には「抑止力」は効かない。

 国に軍備は抑止力として必要か。これにも同様な考え方ができる。
 
 普通の(国交を結んでいて敵対関係のない)国々との間では抑止力(軍備)は不要。  
 以前、帝国主義の時代(植民地の争奪・勢力圏分割の戦争→世界大戦)とその後の2大体制間の冷戦時代までとは異なり、今は、グローバル経済交流の時代(①国連憲章のもとで安全保障理事会が認めた場合と自衛以外の武力行使は禁止された。②植民地主義と冷戦の終結が国際社会の緊張と紛争の主な要因を取り除いた。③国際貿易・投資が著しく増加し、侵略で財貨や資源を奪うより、貿易で手に入れた方が安上がりに。)。限られた国以外にはどの国にも攻撃の恐れ(脅威)はないのだ。
 限られた国とは北朝鮮・イスラエル・イラン・アフガニスタンなど。
 しかし、これらの国も、何の理由もなく、一方的に、世界中を敵にまわしてまで、核開発・ミサイル実験その他の挑発行為・無法行為を重ねたりするだろうか。それは、これらの国からそれぞれその国が怨まれ敵視される原因・理由が歴史的にあるからなのであって、その国にも責任があることなのだ。北朝鮮に対してはアメリカ・韓国・日本も、パレスチナ(アラブ人)に対してはイスラエル、イランに対してはアメリカとイスラエル、アフガニスタン(タリバン)に対してはアメリカ。
 北朝鮮とアメリカは朝鮮戦争で対戦し、それ以来決着は未だについていないのである(休戦協定を結んでいるだけで和平協定は未だ)。日本も、日清・日露戦争を経て朝鮮半島の植民地支配を続け、戦後、北朝鮮とは現在に至ってもその決着(清算)はついていないのだ。
 尚、中国と台湾は、日中戦争で日本軍の降伏後、国共内戦を経て共産党が中華人民共和国を樹立し、国民党が台湾に退いて以来、敵対関係にあり、アメリカは台湾政府を支援していたが、今は米台ともに中国に接近し、敵対関係は無くなっている。
 この日本は中国との間には尖閣問題、韓国との間には竹島問題、ロシアとの間には北方領土問題があるが、これらの島のために、戦争を想定して「抑止力」(軍備)を構え、戦争で決着をつけることなど不可能なのに「戦争も辞さない」などと敵対し、貿易も国交も友好協力関係も犠牲にするのは「費用対効果」など損得勘定からして割に合わず、合理的判断では(軍事的抑止力が有効だとは)到底考えられないことだ。
 イスラエルとアラブ諸国の対立は、アラブ人の居住地パレスチナにユダヤ人が移住して第二次大戦後イスラエルを建国した(古代にはそこに故国があったがヨーロッパ各地に離散し迫害を受けて、そこに戻った形)ので、そこから立ち退かされる形となったパレスチナ・アラブ人は反発し、それ以来4回にわたって戦争(中東戦争)。この間アメリカ(国内にはユダヤ系市民が沢山)はイスラエルを支援。
 イランは、以前は国王が親米でアメリカに石油利権を与えていたが、1979年革命で国王は追われ、アメリカの石油利権も取り上げられた。このどさくさに乗じてイラクが国境問題でイラン・イラク戦争を起こすと、アメリカはイラク(サダム・フセイン大統領)を支援。それ以来、イランとアメリカは敵対関係にある。
 アフガニスタンに対しては、アメリカで2001年同時多発テロにあって、ブッシュ大統領はそれを国際テロ組織アルカイダの仕業だとして、彼らをかくまっているアフガニスタンのタリバン政権を攻撃、カルザイ政権が樹立されたものの、タリバン勢力は未だに抵抗を続けている。

 その他に、シリアやソマリアなどアフリカの一部の国で内乱があるだけ。
 それ以外には、多くの国々には戦争・攻撃の恐れはないのであって、「抑止力」(軍備)など、わざわざ莫大なカネをかけて置いておかなくてもよいわけである。

 アメリカ・イスラエル、それに北朝鮮に対しては日本も、相手(北朝鮮やイラン)を「脅威」だと言って「抑止力」の維持・必要性を言い立てる(相手もアメリカ・日本・イスラエルを「脅威」だと言い立てる)が、その前に、その国に対して果たすべき責任(日本は北朝鮮に対しては賠償・補償など)を果たすことが先決なのだ。
 それに、北朝鮮もイランもアカイダなどの国際テロ組織も、非合理的判断(北朝鮮は追いつめられると「窮鼠猫をかむ」で自暴自棄的な挙に出る可能性があり、イランやアルカイダは宗教心から「聖戦」)もとりがちだから、そのような場合は、抑止力は(「懲罰的抑止力」にしろ、「拒否的抑止力」にしろ)効かない
 ところが、皮肉なことに、北朝鮮など非合理的判断に立つ国にとっては、その国の抑止力は、アメリカなど合理的判断に立つ国に対しては効くのである。(へたに手を出すと何をしでかすかわからないから、攻撃をひかえる、といったように。)
 ただし、彼ら(北朝鮮など)のその抑止力は、核・ミサイルといっても未だ開発途上・実験段階で貧弱な軍備そのものよりも自暴自棄的な(かつての日本で叫ばれた「一億玉砕」のような)玉砕戦法、この方が効くのである。その実例に次のような事例がある。
 1994年(カーター大統領当時)、IAEAが北朝鮮の核施設への査察問題を国連安保理に委ね、安保理が制裁措置を決定しようとした。それに呼応してアメリカが核施設を爆撃する詳細な作戦計画を練った。そこでは米空軍のハイテク兵器を使用すれば、放射能を拡散させずに核施設を短期間で効率よく破壊できると想定していた。しかし、それは北朝鮮の報復を招き、全面戦争につながる危険があった。その場合、死者は100万人を上回り、そのうち10万人近くの米国人が死亡し、近隣諸国を含めて損害総額は1兆ドルに上るだろうと予想された。結局、その作戦計画を断念し、カーター大統領は訪朝。金日成も首脳会談に応じて、北朝鮮は脱退しかかったNPTにとどまり、米朝枠組み合意が結ばれて事なきを得た。これはカーター大統領の合理的判断によるもの。

 要するに、北朝鮮などにとっては、その抑止力は「合理的判断をする国」に対しては効きめがあっても、普通の国にとっては、「合理的判断をしない普通でない国」に対しては、抑止力は効かないし、「合理的判断をする普通の国」同士では「抑止力」など不要であり、いずれにしても「普通の国」(理性的国家)に軍事的抑止力は役に立たず不要なのである。 日本にとっても、北朝鮮など「合理的判断をしない普通でない国」にはどうせ抑止力は効かないし、「合理的判断をする普通の国」に対してなら抑止力など不要。いずれにしろ日本には抑止力(軍備)など持っていても無駄(無用の長物)であり、必要もないということだ。
 それなのに「安保」という「抑止力」安全神話にいつまでもとりつかれて、自衛隊の軍隊化、日米同盟・核の傘・「ミサイル防衛」などにしがみついているのは愚かなこと。

 軍隊を持つのが「普通の国」なのではない
 アメリカは「合理的判断をする国」だが、市民が銃を所持することを許し、巨大な軍備をもつという点では異常な国である。
 日本のように市民が家に銃を持つようなことのないのが普通の国なのであり、軍隊を持たない国こそ普通の国なのである。
 (ただし、海賊やテロ集団、不法侵入・国境侵犯などに対する海上保安庁や国土警備隊などの警察組織はどの国にも必要だが、それは軍隊とは別物。)
 軍隊のない国は、今は未だ27の小国だけで少数だが、そういう国が「普通の国」なのである。
コスタリカは日本国憲法より少し後、憲法で常備軍を廃止して以来60年以上、今では年寄から子どもまで軍隊がないのが当たり前だと思っているとのこと(この国に半年間留学した法律家の笹本潤氏)。日本人の多くも、日本は戦争をしない国で、自衛隊は戦争する軍隊ではなく、海外派遣はあっても戦争をしに行くのではない、それが当たり前だと思っている。
 「普通の国」とは国民も政府も合理的判断ができるし、合理的判断をする国で、市民が銃を持ったりせず、国も軍備を持たない、それこそが「21世紀の普通の国」なのだ。
―などというと、そんなの夢想家の言うことで、軍備を持ち軍隊を持つのが当たり前、或いはアメリカに付き従って中国・北朝鮮などと張り合い「万一の戦争に備える」のが「普通の国」、であるかのように言う政治家やそれに同調する向きもあるが、むしろ、その方が時代錯誤なのであり非現実的なのだ。「万一に備える」などとよく言うが、地震・台風などと異なり、戦争はこちらが何もしなければ起こり得ないもの。にもかかわらず、そういって軍備を持つのは、戦争を容認している(「いざとなったらやる」)ということにほかならないが、双方に甚大な惨害と致命的なダメージをもたらす現代の戦争はたとえ万一でもやってならない(利害対立・係争・紛争があっても外交的解決の方法に徹するしかない)、そういう意味で戦争はあり得ないことなのだ。
 秋葉原の安倍総裁の街頭演説で日の丸の手旗を配って応援をしていた一人の若い女性。「このままでは日本が中国に占領される」、安倍氏の言うように集団的自衛権の行使や改憲が必要で「国防軍」の保持も当然だと。ところが「彼氏が戦争に?それは困ります。そんなこと考えたこともありません」(12月24日朝日「政権オセロ」の記事より)
 

 (尚、アメリカで市民に銃が禁止されていない原因の一つは、銃企業とつながっている全米ライフル協会の存在があり、軍備が縮小されないのは軍部と軍事産業企業の軍産複合体の存在があり、それらが政府や議会に圧力をかけて銃の禁止・規制、軍備・武器輸出の縮小を阻んでいるからである。要するにアメリカで軍備の縮小も市民の銃規制もできないのは企業や軍部の利益のためにほかならない、ということ。)

2012年12月30日


有機EL研究開発の第一人者 城戸淳二教授(山形大学大学院理工学部教授、有機エレクトロニクス研究所長)


さいたまスーパーアリーナ  春高バレー(全日本高校選手権大会)

                   山形県代表は米沢中央高校

    相手は東京代表の下北沢成徳高校(選手は後ろ向き、向こう側スタンドに応援団)


       3セット ジュースまで持ち込んだが惜敗  下北沢成徳は結局優勝

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