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2012年10月 アーカイブ

2012年10月01日

安易な強硬論―隣国との関係悪化に危機感あるのか?(加筆版)

 経済・文化交流が途絶えることへの危機感があるのかどうか?
 我が国メディアには、反日デモ・日系企業襲撃などに憤慨し迷惑がりはしても、そこには彼の国の民衆の中にある自国政府に対する不満の表れと見られる側面があり、むしろ彼の国の国内事情の問題だとして矮小化する向きが多く、我が国自身の問題を省みることが少ないように思われる。
 反日デモ、日系企業の操業停止、日本製品の不買運動、日本への観光ツアーの大量キャンセルなどは、むしろ向こう側にとってマイナスとなる部分が大きく、日本は貿易・投資の相手を他国(東南アジア諸国・インドなど)に切り替えればいいだけの話し、といった楽観論が多いのでは。
{尚、中国との経済関係
  貿易―中国は最大の輸出相手国(全体の19.7%)で、最大の貿易相手国
     中国から日本への輸出は全体の7.8%       
     中国から見れば貿易額は、日本は4番目(①EU②米国③ASEAN)
     (日本経済の中国依存度のほうが中国経済の日本依存度よりも高い)
  中国への進出企業2万社
  日本で生活する中国人は(台湾人・香港人ふくめ)67万人―すべての外国人の中で最多
  中国が保有する日本国債18兆円(日本国債の外国保有分の2割以上を占める最大の保有国)。中国は米国債の最大の保有国でもある。}
 「チャイナ・リスク」は領土問題と歴史問題を抱える日本にはあっても、欧米や韓国
などにとっては、日本企業がリスクを恐れて進出を取りやめ撤退すれば、それはかえってチャンスとなる。
 日中の関係悪化で、どちらがより大きな損失・痛手を被るか、それは日本の方かもしれない。いずれにしろ「ウイン・ウイン」(共に勝ち)とは正反対いわば「ルーズ・ルーズ」(共に負け)という結果になることは間違いないだろう。
  
 中国・韓国との間で島の領有権をめぐって対立、それぞれ自国に領有権ありと主張して譲り合わず平行線。
 韓国との間では従軍慰安婦問題などで、中国との間でも歴史認識にくい違いがあり(議論すれば平行線)、そのために、わだかまり・不信感・疑心暗鬼がつきまとい、ざっくばらんな(腹を割った)話し合いができない。領有権で主張がかみあわず、トラブルがあっても、(日本は中国に対して、韓国は日本に対して)「領有権は我が方にあることは明白。そもそも貴国との間に領土問題は存在しません」と(言わば「問答無用」と言わんばかりに)強弁し、原則論にこだわって話し合いに入ろうとしない(相手の言い分を聞かず、聞いても反論しない)。
 国有化に関わったある政府高官いわく、「事態は長びくだろう。お互いスタンスは変えられない。覚悟しないといけない。」「海保から海自(自衛隊)へ、レッドラインを越えるか、そうなったら大変なことになる」と。

 結局は互いに「毅然と」強硬姿勢(「尖閣諸島は国家意思として断固守る」―安倍)、巡視艇・監視船・抗議船・漁船団をくりだし、海上で入り乱れ、水(放水)の掛け合い、睨み合い、或は上陸の応酬・・・・一触即発(銃撃戦)、エスカレートすれば自衛艦も出動し軍事衝突にも発展しかねず―そのために、それに備えて互いに軍事力を強化、またそうなるのを「抑止」するためだとして、日本は日米同盟に頼る(―沖縄基地、オスプレイ配備容認)。
 国民のなかにも、いざという時は「米軍の助けが得られるから大丈夫」という安心感?
 だから、国民世論も強硬論に傾きがち(「追っ払え、力ずくで!」―石原、「交渉なんかに乗るな!」「交渉はしても、一歩も譲るな!」などと)。
 米軍の日本支援・介入など当てにはならないのに(アメリカ自身は、「尖閣は安保条約の適用対象には入っている」とは言っても、領土問題はあくまで二国間で解決すべきもので、アメリカはあくまで中立の立場だとしている)。

 要は、アメリカ頼みに、強がって「来たら力ずくで追っ払うまでだ」とか、「やるならやってみろ!受けて立つ」などと、物理的対応や軍事対応などにとらわれないこと。そして、あくまでも経済・文化面で交流を再開・維持する方向で、早急に信頼関係を築いて会談・協議に入り、それも、話し合いの入り口で「領土問題は存在しません」などと原則論にこだわってばかりいないで、紛争は紛争として認め、それをどう解決するか、解決の糸口をどこに見出すか対話・交渉のプロセスに入るしかないということだろう。

10月のつぶやき

●有機ELの研究・開発の第一人者・城戸教授の講演を聞いてきた。米沢中央高校の創立90周年の記念講演。
 スクリーンに映像を写しながら高校生向けに解り易く、興味深い、ためになる話で一杯だった。
 有機ELの話から始まったが、生き方・学び方を御自分の体験を基にして話された。東大阪市で生まれたその生い立ちから小中高大の履歴を披露、ところがけっして秀才ではなく勉強嫌いの凡才。なんと小中高の通信簿(母親が取っておいた)の評定・所見までスクリーンに大写しして見せてくれた(高校時代は平均3.2)。しかし、「一念発起」があって、大学(関西大学工学部の機械科)中退、3浪して早稲田工学部の応用化学科に入り直し、卒業してニューヨークの何とかという大学の大学院に入り、英語を猛勉して学術論文の発表をこなして博士号をとって帰国し、米沢に来て山大工学部の助手から始まって教授になり現在に至ったのだという。
 成功の秘訣は三つ、「①好奇心②失敗にめげない根性③創造力(創造力)プラス④独創性」だと。

 小6の孫に「成功の秘訣は三つあるんだって。何だと思う?・・・それはな、一番目に好奇心」といって話して聞かせた。すると彼の弟・幼稚園児がスマートフォンでゲームをしていて、母親が「小さい子がそんなことをやってるとおかしくなるよ」というので彼はそっちのほうに気がいって、弟の背後に近寄ってスマートフォンを覗き込み、弟がそれをやめたかとおもったら自分が取り返してやりだした。「だめだこりゃ」・・・・・①だけで②以下の話には進めずに終わった。あ~あ
●高畠町でクラシックカー祭り  米沢の「おやじバンド」(シルバー・ビーンズ)がやっていた。ビートルズナンバーを次々。ええな~たいしたもんだ

●検診センターの検診を各種うけてきた。血圧が150もあった。数日後、二ヶ月ごとに検診を受けている医院で測ったら、そこでも。医者から自家で毎日測って記録してと言われ、毎日朝晩はかり始めた。そんなに高くはない。女房いわく、「あの時は、何かイライラして測ったんだろう」・・・・そういえば、そうだな。
●「9条 命をかけて守らねば」―8日の朝日新聞の「声」にあった愛知県東海市66歳主婦の方の投稿。「今後、たとえ国会で憲法改正が論議されても、この9条だけは私ちは命をかけて守っていかないといけないと、今回痛切に思っています。我が子や我が孫のために。」そうだ!同じ思いだ!
●朝日新聞の世論調査―「野田首相と自民党の安倍総裁とでは、どちらが首相にふさわしいと思いますか、野田さんですか、安倍さんですか」(この質問の仕方がおかしい)。その答えが「野田さん34%、安倍さん39%」。
「政権はどんな形になるとよいと思いますか」「民主党が中心の政権9%、自民党が中心の政権27%、民主党と自民党の連立政権32%、民主党でも自民党でもない政党が中心24%」「日本維新の会が、国会で影響力を持つような議席を取ってほしいと思いますか、そうは思いませんか」「取ってほしい47%、そうは思わない43%」
あ~あ!改憲か・・・・
●東京に行ってきた。
東京駅で降りて元の姿に増改築された駅舎を写真に撮り、駅前通りを歩いていくと皇居につきあたり、お堀端を左(桜田門)方向へ。♪ここは二重橋、記念の写真を撮りましょうね♪とばかりに立ち止まって撮った。日比谷通りに出ると間もなく公園にさしかかって公会堂にたどり着いた。そこで「九条の会」講演会―大江・奥平・澤地3氏の講演を聴いてきた。講師は著名人ではあるが、いずれも高齢者。聴衆もほとんどが年配者。どうも若手が少ないな。よーし、守ってやるぞ!九条よ!
 終わってまた日比谷通りを歩いてお堀端にさしかかると第一生命ビル―たしかマッカーサー司令部になったところではなかったか。ありがとう、憲法には感謝!
●先月アンディ・ウイリアムスが亡くなった。夕暮れに街を散歩しながら、♪ムーン・リバー♪を口ずさんだ。あの英語の歌詞は未だ忘れていないんだな。

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2012年10月04日

S君の新聞投稿「対中韓外交、政府は毅然と」

 それは山形新聞に掲載された。S君とは実は当方の教え子。全文紹介させてもらうと次のようなもの。
 「尖閣諸島を政府が国有化したことに対する中国の暴徒化に関し、日本政府の対応に憤りを覚える。正直言って情けない。なぜ東京都の石原知事のようにはっきり物申すことができないのか不思議でならない。
 尖閣だけでなく竹島問題も同じだ。首相をはじめ関係閣僚は決まり文句のように「遺憾である」に終始している。弱腰外交と批判される現状に、世界の中で日本がどう対応するのか、もう一度初心に戻って考える必要があるのではないか。
 今回の暴徒化を中国政府は容認しているように見える。いくら法律が違うといっても、警察や軍は見てみぬふりの口頭だけの注意と形だけの静止のみだ。日本で同じようなことをすれば即逮捕される。
 尖閣に不法上陸した者をすぐ釈放すること自体おかしいと思う。中国政府は日系企業への破壊行為の責任は日本政府にあると報じているが、容認すべきではないと思う。日系企業が中国人の雇用創出に大きく貢献していることを踏まえ、日本政府は厳に中国政府へ損害賠償を請求すべきだ。今後、日本政府と政権与党の民主党に対して、中国にいる日本人に対する身の安全確保と、毅然たる対応をしていただくよう強く要望したい。」
 要点は次の二つでは
(1)反日デモの「暴徒化」―中国政府の対応―「警察や軍は見て見ぬふり・口頭だけ注意」①
                       日本政府に責任を着せている。 
              日本政府は中国政府に損害賠償を請求すべきだ
(2)日本政府の対応―「弱腰」―「石原知事のようにはっきり物申す」べきだ
               不法上陸した者をすぐ釈放するなんておかしい
            毅然たる対応をとるべきだ。
 
 気持ち的には賛成で共感します。
 しかし、このような問題は相手国の実情、事の真相というか実態をよく(客観的に)見極めて判断すること大事かと。そこで、これらに関しては次のような見方・考え方もあるということ。
 ①について
9月の反日デモの実態(インターネットで調べてみると)
15日―50都市でデモ
16日―警備態勢・強化、デモ抑制に転ずるも、中小都市を含む少なくとも108都市・地域でデモ。全土で数十万人。
17日―暴徒の一部を特定し拘束へ
18日(柳条湖事件)―110都市でデモ
19日―各都市でデモ禁止・通達
 ある見方(インターネットのサイトに「ニュースの社会科学的な裏側」というのがあったが、それには)―「中国ではデモや暴動は日常茶飯事で、中国政府はその制御に苦労。警察の数が少数で暴徒から反撃を受けることも度々。」「中国共産党が反日デモや暴徒を裁量的に許可しているのは確かだが、それは、日本への揺さぶりのために許可しているというよりは、中国人民に中国共産党が敵視されないために許可した方が良いとの考えからだろう」
(そういえば、世界史を見てみると、中国では広大な国土を色んな王朝が治めてきたが、どの王朝でも反乱や民衆の暴動が絶えなかった。それにひきかえ、わが国の場合、一揆や暴動もなくはないが中国とはけた違い、我々の時代には「安保騒動」など激しい反米デモで機動隊との激突もあったが、今は皆すっかり「大人しくなった」というか、警察による制御にちゃんと従って行われている。)

 ②について
05年の反日デモの際は、日本大使館や日本料理店など日系企業の被害に対して、中国側は、大使館や総領事館に関しては補修費用を負担して原状回復、日系企業については個別に一部を補償している。今回に関しては(9月28日朝日新聞によれば、在日大使館の報道官の話として)「実際の状況にしたがって関連問題を適切に処理していく。」「被害の一部に対し賠償や原状回復に応じる可能性を示唆した」と。
 各個契約している損害保険が適用されることにもなるだろうが、いずれにしろ補償はあって然るべきだろう。

 ③について
石原都知事については、彼がアメリカ訪問中に記者会見でいきなり「尖閣諸島を購入することにした」と(「文句ありますか」とばかりに)言明したことが、そもそも今回の騒動のきっかけで、野田首相がそれに対して(いわば「売り言葉に買い言葉」のようにして)「それなら政府が買うことにしようじゃないか」となって、民主党代表選を控えて「毅然たる外交」姿勢を示したいという「思惑」(朝日新聞の記者がそう書いている)から「尖閣諸島の国有化」方針を決定した(野田首相の言い分では、島の現状の「平穏な安定維持・管理」のためには都が購入するより政府による国有化の方が好ましいとの判断からそう決めたのだと。)ところがその「国有化」が中国をさらに刺激したと見られている(それはとんでもない。到底受け入れられないと)。
 尚、石原知事に対しては「彼は沖縄基地問題ではアメリカにはノーと言わない」といった批判もある。(石垣市在住で尖閣列島戦時遭難者遺族会の会長をしておられる方は次のように述べている。(10月3日朝日)「石原知事の尖閣購入を支持する人たちは、日本の主権を守るためだと言っています。だけど米軍に治外法権的な特権を与えて米軍人による事件や事故の被害者は泣き寝入りさせられてきました。主権が侵されている、改定してほしいと私たちはずっとお願いしてきましたが・・・・。地元の反対を押し切って強行されるオスプレイの配備に反対の声をあげてくれたでしょうか。万が一、中国と事を構えることになった時、国境を接する私たちの生活がどうなるかを本当に考えてくれたことがあるのか」と。)

 ④について
日本人なら誰しもそう思う。しかし、中国人から見れば、そこを日本領だとは思っておらず、上陸を「不法」だとして逮捕したり拘留・処分する権限は日本側にはないと思っている。仮に拘留・送検・起訴して刑事裁判による処理をすれば、日本人漁業関係者らが相手国からの報復措置として拿捕されて同じような扱いを受けるような事態にもなりかねない。そのあたりを考えれば、今回のような問題では外交的・政治的に処理するしかないのでは。

 双方には島の「国有化」にも歴史問題にも認識の相違があり、互いに歩み寄ることなく自らの主張を押し通し続け、強硬措置を重ねていけば、ケンカ別れでは済まなくなり、船から水(放水)の掛け合いでは済まず、撃ち合い(軍事衝突)にも発展しかねない。それで死傷者が出るような事態となったら収まりつかなくなる。或は戦争とはいかないまでも、互いに経済制裁と報復措置の応酬で「音を上げるのは向こうのほうだ」などと、単に「勝てる」とか「負けない」とかでは済まない甚大な損失を双方とも被る結果になってしまう。それが一番恐ろしい。

 当方の新聞投稿はたまにしか載らないが、彼の投稿は度々載っている。今回のものは当方がこのところこのブログで何度か取り上げている問題なので論評、というよりは当方が目にしたインターネットや新聞の記事に、こんな事実や見方・考え方もあるんだなと思って、参考までに書き連ねさせてもらいました。 

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         第一生命ビル(マッカーサー司令部があった所)

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       日比谷公会堂
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大江健三郎氏        右上は三木睦子氏の遺影
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             奥平康弘氏
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             澤地久枝氏

2012年10月07日

抑止力論の間違い(再々加筆版)

(1)軍備を合理化・正当化―それをしたがるのは、それで利益が得られる兵器産業・関連業界、「死の商人」、それで利権・既得権益が得られる政治家・防衛官僚・科学技術者、アメリカでは(軍部と軍需産業の)軍産複合体。                                       
(2)軍備で他国からの攻撃を抑止―その不合理性
 家庭の戸締りなら、他人を傷つけることはなく、近所に不安や脅威を感じさせることはないが、軍備は隣国その他に脅威を与える。脅威を感じた国々は攻撃に備えて自分も軍備を持ち、対抗して同等以上の軍備を持とうとする。それがまた相手には脅威となり、さらに軍備増強を促す―悪循環(軍拡の応酬)
  (アメリカ・日本・韓国・イスラエルに対してロシア・中国・北朝鮮・イラン、インドに対してパキスタンなど)
 軍備は防衛(自衛)用だと言っても、そもそも戦力であり攻撃力であり戦争手段なのであって、相手に対しては、その国が戦争しようとする意思を感じさせ脅威を与えるものであり、抑制し、使用は控えようとは思っていても、それを持っているかぎり使わずにはいられなくなり、攻撃を誘発する(兵士たちは武器を持つと、動く者を撃ちまくる)。
 軍備を持っていると、それに頼りがちとなり、外交努力・話し合い解決努力が徹底しなくなる(話し合っても無駄、交渉には及ばず、「問答無用」となりがち)(アメリカは同時多発テロを受けて、すかさずアフガニスタン攻撃に走り、イラク攻撃に走った。かつてはベトナムでトンキン湾事件を起して、それを口実に全面戦争に突入した。かつては日本も、柳条湖事件を起して満州事変、盧溝橋事件をきっかけにして日中全面戦争におよんだ)。

(3)日米同盟―アメリカの「核の傘」、沖縄の米軍基地、オスプレイ配備、これらは抑止力になるか
 核抑止論―「相互確証破壊」戦略―こちらが核兵器を撃ちこめば、必ず相手も撃ち返し、共に犠牲を被る結果を招くことは確実であるから、互いに先制攻撃を控え、攻撃は抑止されるという理屈。
 それは、自国が相手国からの攻撃を回避するためのものであって、他国(同盟国)を守るために核兵器を使い、相手から撃ち返されて自国民が核の犠牲を被ることに甘んじるなんて論理的にあり得ないことだと(元国務長官キッシンジャー)。(例えば、仮に中国の攻撃から日本を守るために、アメリカが上海など中国の都市に核ミサイルを撃ち込めば、シアトルなど米都市が報復攻撃にあって核の犠牲を被ることを覚悟しなければならないが、アメリカは、そのような自国民の犠牲を覚悟してまで日本を核で助けようとは思うまい、ということ。)
 それに、相互確定破壊核抑止は、理性的判断ができる相手になら効くが、北朝鮮のような?狂信的・自暴自棄的(破れかぶれ)になって立ち向かってくる相手には効きめがない。
 
 米軍が日本に基地を置き駐兵しているのは日本を守るためではなく、世界戦略のためであり、日本をその戦略拠点の最も重要な一つと位置付けているからにほかならず、沖縄をはじめ基地は海外への出撃基地(アフガニスタンやイラク、かつてはベトナム・朝鮮半島へ出撃)。 
 普天間に配備された海兵隊のオスプレイも、尖閣など日本の島を守るためのものではない。

 海兵隊は、そもそも海外での攻撃作戦や救出作戦に際して敵地や現地に真っ先に上陸・占領して攻撃を仕掛ける先鋒隊。(救出作戦にしても、救出するのは一に米国人、二番目にそれ以外で米国に市民権(グリーン・カード)を持つ者、三番目にイギリス人やオーストラリア人などアングロ・サクソン人、四番目にその他の人々、という優先順位で、日本人は四番めのその他の部類。日本人が優先的に助けてもらえるなんてあり得ないということだ。)
 ならば、なぜ沖縄など日本に置いているか。それは、その経費を日本政府が(「思いやり予算」も)負担してくれるので、そこに駐留して、そこで訓練させた方が安上がりだからにほかならない。
 安保条約は、そもそも日本を守るために締結されたわけではない(吉田首相と交渉に当たった米国特使ダレスは、この条約は米国が日本の防衛義務を負うものではないと言明している)。岸首相がそれを今の形に改定して、米軍に日本防衛義務を負わせるようになったが、それはNATO条約の場合とは違って、米軍は日本が他国から攻撃を受けたら即・自動的に参戦するというものではなく、自国の憲法に従って行わなければならない(つまり米国議会の承認を経なければならない)となっている。だから、尖閣やその他で日本と中国が軍事衝突したら、即・米軍が参戦してくれるというわけではないのだ。
 したがって日米同盟―自衛隊、それにアメリカの核の傘、沖縄基地、オスプレイやステルス戦闘機の配備、ミサイル防衛網など―が抑止力になっているから日本は攻撃されないし、されても大丈夫だ考えるのは幻想だということ。
 <参考―インターネットのサイト「kinkin.tv」で10月6~12日放映の「パックイン・ニュース」に出演の孫崎亨氏の発言>

(4)9条こそ抑止力(隣国や他国の攻撃意志を除去)
 いくら「抑止力」と称して軍備や軍事同盟を持つかぎり、それらはあくまで戦争手段(戦力)にほかならず、それを持つこと自体が戦争意思を持っていると思われてしまい、不信感を持たれることになるだろう。軍備や軍事同盟は他国・隣国にとっては脅威となるし、他国・隣国も対抗して同じように軍備を持てば、それが又こちらの脅威となって、たえず戦争や軍事衝突の不安に付きまとわれることになる。
 そのような不安のない本当の平和(戦争抑止)を勝ち得る最善の方法は、戦争手段(軍備)を持たず(「戦力不保持」)、どの国に対しても敵意を持ったり仮想敵国と考えたりせず、戦争意思を全く持たないこと(「戦争放棄」)だろう。要するに今の憲法9条を守ることにほかなるまい。
 (アフガニスタンで軍閥の武装解除に当たった伊勢崎賢治氏―東京外語大大学院教授で国際NGOに身を置きながら国連から派遣されて現地に―は丸腰で彼らに臨んだ。彼らアフガニスタン軍閥は、伊勢崎氏を「日本人だから信用しよう」と言って武装解除に応じたという。)
 武力に訴えず平和裏に解決しようとする姿勢は相手方に殺意を抱かせず、武力行使を抑止する。信用を得ていれば、敵対し合っている双方に対して第三者として調停に入り、戦争を止めることもできる。積極的平和外交・非軍事的国際貢献こそが日本国憲法(前文に「われらは、平和を維持し、・・・・国際社会において名誉ある地位を占めたい」「自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」)の9条の精神。
 ところが、我が国政府は現在に至るまで、日米同盟・対米協力、自衛隊・派兵など、この9条とはむしろ裏腹のことに専念。「日本人は信用する」が日本政府は信用できないと言われるような状況になっている。

(5)無防備は危険?、それにつけこんで簡単に攻めてこられる?
 無防備といっても海上保安庁のような警察力(どこの国にもよくある「国土警備隊」とか「国境警備隊」)はある(現在の海保は強大な自衛隊があるために相対的に貧弱なものとなっているが、警備・取締り・侵犯阻止・排除に必要な艦艇や航空機その他必要な装備は持つ)。だから全く無防備というわけではないのであって、他国と戦争をする軍隊・軍備は置かないということ。 
 領地の争奪戦に明け暮れた戦国時代や植民地・属国の争奪戦に明け暮れた帝国主義時代のように、虎視眈眈と互いに隙あらば攻め込まずにはおかないといった昔ならいざしらず、今は、この国が領土・領海警備隊だけで軍隊・軍備を置いていない無防備な国だからといって、攻め込んだりすれば、世界中から非難され、国連をはじめ国際機関・各国政府から制裁を被り、かえって大損失を被り、自滅さえ招くことにもなる。

 国連は(未だ不備があるとはいえ)、それを中心に国際法秩序が確立されていて、一方的な軍事侵略・武力行使は禁止されており(国連憲章には「すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使をいかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない」と定められており)、無法行為は国際社会から制裁を被るというコンセンサスがある今の時代に、それ(「無防備」とか「力の空白」をついて攻め入るなど)はあり得ない。 
 日本以外に憲法で軍隊を置いていない国は、現にコスタリカなどいくつか(192ヵ国中27ヵ国。いずれも小国とはいえ、例外的とは言えない数)あるが、攻め込まれたりはしていないのだ。(コスタリカは地続きの国々とも境を接して日本以上に危ない環境にあるが、1948年憲法で軍隊の保有を禁止、中米紛争も克服、外交的方法に徹して隣国との平和・友好を保っている。1986年、この国のアリアス大統領はノーベル平和賞を受賞している。)

(6)領土紛争―仮に日本に自衛隊も日米同盟も無くなったとして、それをいいことに、隣国(軍)が力づくで決着をつけようと武力で(海保の巡視艇を攻撃して島と周辺海域を制圧して)島(の実効支配権)を奪取しようとしてきたら?
 中国とは日中平和友好条約で「主権及び領土保全の相互尊重」「すべての紛争を平和的手段により解決し及び武力又は武力による威嚇に訴えないことを確認する」と定め、武力行使・武力による威嚇を訴えないことを約束している。それを破れば日本から国交断絶されるだけでなく、国連をはじめ諸国からも非難・制裁を被ることになる。だからそれはできないのだ。
 紛争を武力で決着をつけることは、今や不可能な時代であり、外交交渉で、ゼロサムゲーム式(一方が100なら、他方は0)の決着ではなく、双方とも同程度の不満が残る五分五分の痛み分け(島や漁場・海底資源の管理・利用・開発・産物分配をそれぞれ共同で行うか、分割するか等)で決着するか、それとも、とりあえず棚上げ(問題の先送り)を続けるか、それしかないのである。
(7)軍備は「抑止力」どころか、かえって戦争を誘発
 紛争はあっても、戦争や武力に訴えるやり方は国連憲章・条約・日本国憲法9条によって禁止され(それを犯せば相手国のみならず諸国から非軍事の制裁を被る)、それら法理と懸命な外交努力とによって戦争・武力行使は抑止されるのであって、軍備や軍事同盟などによって抑止されるのではない。
 中国は日本に自衛隊という(実質的には)軍隊があり、日米同盟があるから、おっかながって武力や戦争を控えるというわけではあるまい。それは禁じ手だということがわかっているからにほかならない。
 強大なアメリカ軍と日米韓同盟があっても、北朝鮮は核やミサイル開発をやめないし、抗戦政策をやめない。
 脅威をもって脅威を取り除くことはできないのである。
 アメリカは世界最強の軍備があるから、かえってそれを使いたがり武力行使や戦争にはしりがち。あちこちで反米テロを招き、9.11事件があると、すかさず対テロ戦争と称してアフガン戦争ついでイラク戦争にはしった。
 つまり、軍備は抑止力どころか、かえって国民を好戦的にし、戦争にはしらせるもの。
 かつての日本もアジア最強の軍事大国を誇り、中国にとどまらず米英を相手に戦争にはしった。
 軍備は抑止力ではなく、それどころか、かえって武力行使や戦争を誘発するものなのであって、軍事的抑止力論は軍備増強によって利権・既得権益が得られる者たちの「ためにする」合理化論にほかならない。


<この問題については、このH・Pの評論で「過去の分」に「脅威論・抑止論」と「抑止論の矛盾」というのがあるので、参照されたい。>

2012年10月17日

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2012年10月23日

「島を超領有地域とする」案に賛成(加筆版)

 朝日新聞の「声」欄に歴史学者・南塚氏の投稿で「島は超領有地域で紛争防止を」というのがあった。
 それは、「千島列島・竹島・尖閣諸島はどの国も領有権を放棄して、漁業・資源の計画的活用(共同利用・共同開発―引用者)・環境保護・安全(避難所設置、非軍事化)のための国際共同管理領域とするのがいいのでは」というもの。
 そもそも「地球上の領域を何らかの国家の排他的な領有地や勢力圏として確定するようになったのは19世紀中ごろ以降のこと」、帝国主義諸国の世界分割(争奪)でそうなったのであって、たかだか150年の間のことでしかない。*(千島・竹島・尖閣については下記に)
 それを、「島は我が国『固有の』領土だ」と主張し、その根拠(自らの言い分)の正当性と領土ナショナリズムにとらわれ、領有権に固執する。しかし、そうやって諸国(日・中・韓・ロ)が互いに領有権にこだわり、島の主権を守るためにと(物理的対応から軍事的対応へと)行動に出れば、相手国も同様の措置をとる。そんな突っ張り合いを続けていれば、そのことだけのために両国間・諸国間の貿易・経済・文化交流等々の努力の成果が台無しになり、どの国も国益にとって多大なマイナスとなる。
 それらのことを考えれば、「むしろ大きな度量と展望が必要な政策」と投稿者が書いているように、「グローバル化の進む今、もっと大きな全人類的な視野から、地球や宇宙の資源や環境や安全の問題を考えていかねば」というのはその通りで、そういった観点から関係諸国が協議・交渉して互いに「ウインウイン」(「五分五分の痛み分け」)で決着するのが一番だろう。
 それとも戦争(勝った方に領有権)で決着?(ロシアと日本は日露戦争で日本が勝って南樺太を奪い、第二次大戦ではロシアが勝って南樺太を奪い返しただけでなく千島列島まで奪い取ったが、日本が再び戦争を挑んで「北方領土」を奪い返すか?)しかし、勝てる保証はないし(アメリカが日本に加勢してくれる保証もない)、たとえ勝ったとしても、はかりしれない大損失・犠牲を被ることになる。
 それらを考えれば、はたしてどちらが現実的・合理的な解決法か?戦争のほう?それはないだろう。

*①千島列島―先住民―そこにはアイヌ人(北海道・東北にも住んでいた)その他が住んでいた。
 近代になってロシア人・日本人も入ってきて雑居地となった。
 1854年日露和親条約でエトロフとウルップ島間を国境としたが、1875年樺太・千島交換条約で樺太(サハリン)全島をロシア領、千島列島全島を日本領とした。
 1905年日露戦争が日本軍優勢のうちに結ばれたポーツマス講和条約で、サハリン南半分も日本領となった。
 ところが第二次大戦末期、サハリン南部は奪い返され、千島列島まで奪われることになった。
②竹島は1905年に隠岐島の一島民の要望に答えて明治政府は日本領として島根県に編入し、同島民に貸し下げた。しかし、それは日本海海戦などロシア軍と朝鮮半島の利権をめぐって戦った日露戦争の期間と重なっていた。
 韓国は既に1904年第一次日韓協約で事実上外交権を奪われ、日本に対して異議申し立てできない状況にあり、1910年には日韓併合条約で朝鮮半島と日本海は丸ごと日本領にされた。
③尖閣は、その昔沖縄にあった琉球王国に属する先島諸島(宮古島・八重山などの島々)の一部であった。
 琉球王国は独立王国だった。それが江戸時代には薩摩藩に服従させられたが、中国の清にも韓国と同様に服属していた。それが1872~79年に明治政府によって日本領に沖縄県として編入された。清はそれを認めなかった(琉球帰属問題)。
 1880年、中国の内地通商権(西洋人と同じ扱いをしてもらえる)とひきかえに、沖縄本島から先島諸島(尖閣が含まれる)を切り離して清に割譲する条約案に仮調印(「分島改約」)するも清が応じぬまま御破算に。
 清は1895年日清戦争で日本から敗れ、韓国に対する宗主権をうしない、沖縄はもとより(その日本領有に異議申し立てできなくなり)、台湾までも下関条約で日本に奪われることになった。この間(下関条約に先だって)、尖閣は日本領として編入された。
 日中戦争中、蒋介石は沖縄を中国領とするか信託統治領とすることを考えたが、1945年アメリカが
日本本土とともに占領した。
 日本本土は1951年に占領解除されたが、沖縄は1972年になって日本に施政権を返還した。
 日本政府は尖閣も沖縄とともに日本に返還されたものとみなしている。しかし中国はそうは思っていないわけだ。
 (参考―世界8月号の豊下楢彦氏の論文、同11月号の羽根次郎氏の論文)
④「固有の領土」という概念は、歴史的根拠がない場合が多く、そもそも国際法上の概念にはなっていない。だからその言葉を使うのは適切ではないということ。
⑤どちらの国に帰属するのか、双方に言い分があり、領有権は必ずしも明確とは言い難い。だから「両国間に領土問題は存在しない」と言い切るのには無理があるということ。

2012年10月27日


             有機ELの研究・開発の第一人者 城戸淳二教授

                     米沢中央高校での講演

2012年10月31日

柏崎刈羽原発を見学してきて思う(上に加筆)

疑わしきは止める
 刑事裁判なら「疑わしきは罰せず」だが、原発の場合は?
 大飯原発の敷地内にある破砕帯(岩盤の亀裂)は活断層によるものか、地滑りによるものか、「専門家の意見、分かれる」と。(ただし現時点では活断層説を打ち消す証拠はなく、調査団のメンバーには活断層の可能性を否定した人はいないという。)
 放射線は微量なら被曝しても大丈夫なのか、大丈夫でないのか、(人体への影響の把握は困難であり)学者によって見解が分かれる。
 うちの女房いわく、「キノコなら、毒キノコか、そうでないか、疑わしかったら食わないし、食わせまい」。
 大飯原発は止めるべきだし、そこに限らず、日本中の原発は即ゼロにすべきだ。「疑わしきは止(や)める」にしくはない。

 柏崎刈羽原発(外観)を見学してきた(構内をバスで一巡。ゲートには「テロ警戒」の看板。見学申し込みには氏名に生年月日、運転免許証を持参して照合チェックを受ける。写真撮影は禁止)。
 世界最大(7機821万Kw)の原発だという。原子力工学の粋が集中している所。
 石原都知事は福島原発を視察して事故の有様を見てきて、いわく「人間がせっかく開発した技術体系を放り出すのは愚かだ」と。

 しかし、そこは2007年に中越沖地震(原発から14キロ沖、M6.8)があって、その時は極めて危ないところだった(新潟大の関根征士・名誉教授によれば「過酷事故一歩手前」)。それに原発敷地の直下に活断層があり、周辺住民の中には以前から「豆腐の上の原発」と呼ぶ向きもあったという。(真殿坂断層―東電は「活動性はない」と評価しているが、新潟大の立石雅昭・名誉教授は「動かないとされていた断層(いわき市域にある湯の岳断層など)が東北太平洋沖地震の余震(4月11日)で動いた」と指摘している)。

 「原子炉直近の活断層が地震を起こせば、制御棒が作動する前に強い揺れが原子炉に到達し、緊急停止が出来ないという事態が発生する危険性もある。」「安全委員会によると、制御棒の挿入には、原子炉に設置してある地震計がある強さの地震動を感知してから2秒前後かかると計算されている」という(世界1月号「活断層と原子力発電所」東洋大の渡辺満久教授ほか)。
 発電所の展示館に5分の1大に縮小した原子炉の模型があって、そこで制御棒が作動するところを見せてくれた。ガイド嬢は「1秒ちょっと」だと言っていたが、やはり時間がかかっていると感じた。その間(制御棒が作動する前)に揺れが原子炉に到達し制御棒が効かなくなるといった事態もあるのでは、と質問すると、ガイド嬢は「直下活断層地震は横揺れでなく縦揺れだから大丈夫」みたいなことを言っていたが。

 発電所の職員の方が耐震補強工事の状況を説明し、バスで構内を一巡して、かさ上げ建設中の防潮堤・防潮壁、高台に何台も並べてある電源車・発電機車、注水・冷却用のポンプ車・消防車等々を「これこのとおり万全を期して完備しておりますのでご心配にはおよびません」と言わんばかりに見せてくれた。
 中越沖地震の時は敷地内の地面の隆起・陥没は10cmぐらい、通路・壁・天井・床の亀裂など約3,700箇所も壊れ、扉が開かなくなって肝心なところに入っていけないとか、コンクリート壁がひび割れ、核燃料プールの水が溢れ落ちたとか、低レベル放射性廃棄物の入った何百本ものドラム缶が倒れたとか、変圧器の出火などもあったが、過酷事故には至らずに済んだ。しかし、もっと大きな地震(M7.3の阪神淡路地震級あるいはそれ以上の地震)がきて通路が破断・寸断したら、電源車やポンプ車は入っていけなくなり、ケーブルや配管が破断、或いは燃料プールが崩落したらどうなるのだろうか。

 使用済み核燃料の貯蔵プールは、柏崎刈羽のばあい、再稼働すれば、あと3年半で満杯になるという。六ヶ所村の再処理工場は相次ぐトラブル続きで稼働延期。「死の灰」をガラス固化体にする技術も確立しておらず、「核のゴミ」の行き場はない。
 
 福島原発からの避難者は16万人。
 柏崎原発30キロ圏内の人口は43万人。
 現在、全機(7機)とも停止中だが、東電は来年4月から順次再稼働を企図している。そんなこと許されるものか。

 石原氏は「人間がせっかく開発した技術体系を放り出すのは愚かだ」というが、せっかく開発した核兵器も廃棄するのは愚かだというのだろう。
 彼が言うのは日米の原子炉メーカー・電気事業者・大手ゼネコン・鉄鋼メーカー・大手銀行・原発事業を推進してきた政治家・官僚・電力労組・立地自治体住民・マスコミなど、いわゆる原発利益共同体(原発利権集団)にとって「せっかく」ありついた既得権益にほかならず、それを「放り出すのは愚かだ」というわけだ。
 しかし、それは核兵器と同様、人類にとっては「死の技術体系」なのであって、一日も早く廃棄すべきものであり、廃炉・廃棄のための技術以外には、これ以上開発・利用の余地のない技術体系なのだ。

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