« 2012年07月 | メイン | 2012年09月 »

2012年08月 アーカイブ

2012年08月01日

CIMG2794.JPG
      これは花火 バチバチ撮ったのだが、こんなのしか写っていない
CIMG2892.JPG
上杉公園 
CIMG2975.JPG

CIMG2976.JPG

CIMG2974.JPG

CIMG2848.JPG
            上杉の城下町
CIMG2853.JPG

CIMG2856.JPG
はるか彼方にうっすらと月山

CIMG2931.JPG

CIMG2922.JPG

CIMG2921.JPG

CIMG2923.JPG

CIMG2926.JPG

CIMG2916.JPG
この写真の上の写真は、この米沢市役所の一階ロビーに展示(6~15日・原爆写真展)
CIMG2918.JPG
      広島で被爆して生き残ったアオギリの木から分けた苗木を植樹
CIMG2920.JPG
             米沢市長と市民

黙っている罪

だますことは罪だが「だまされることも罪」(最近の朝日新聞に掲載された伊丹万作エッセイ集から)。
 為政者が国民・市民に情報を知らせないことが罪として責任が問われるが「知ろうとしないことも罪」になる。それに、かつてヨーロッパでファシズムの嵐が吹き荒れた当時、ある牧師が述懐した言葉に「はじめに社会主義者が・・・(迫害されたが―引用者)私は黙っていた、次に自由主義者が・・・、それでも私は黙っていた、・・・そしてとうとう宗教者が・・・」というのがある。(それらの言葉は、先日の米沢地区国民教育研究集会での一レポートで聞きつけた。)それは「黙っている罪」ともいうべきもの。
 それに関連して、もう一つ最近思いついたことは、「黙っていられない」、だから「声なき声」をこのブログで発信しているのだが、集会・デモにも東京くんだりまで行って参加している。それは政府や為政者たちに対するプロテストだけでなく、彼らとその党を選挙で投票して選んだ有権者市民、あるいは彼らとその党の政策に反対している党の候補に投票しなかった有権者市民に対しても訴えずにはいられないからにほかならない。

 民主主義(デモクラシー)とは「デモス(市民)の支配(クラティァ)」ということで、国家はリーダー(為政者)によって運営・統治されるが、それは彼らを支持して選んだ多数派市民によって市民が支配されるということでもある。
 消費税増税にしても、それを決めたのは自公民3党だが、彼らを支持して選んだのは有権者国民であり、その自公民各党に投票した人たちのせいで、払いたくもない10%もの消費税を払わされるはめになっている、ということである。(もっとも民主党に投票した人たちの中には、同党がマニフェストで消費税は上げないと言っていたのを信じて投票した人たちもいるだろうが、彼らはそれが裏切られた。そういう人たちは責めるわけにはいかないだろうが。)
 或は大阪では橋本・維新の会を選んだ有権者市民のせいで、人々は強行採決して決めた諸条例とその強権支配に服さざるを得ない結果になっているわけである。
 しかし、彼ら(サイレント・マジョリティー)は、個々には誰に投票したか判らないように(秘密投票で)黙って投票しており、いちいち責任を問われることはない。
 自公民3党や維新の会には投票しなかった人たちにとっては、消費税増税などの政策や強権支配を合法化する諸条例を決めたこれらの党派と彼らを支持%E

2012年08月02日

橋下・小泉・安倍らのイデオロギー・価値観―新保守主義(加筆版)

新保守主義 二つの要素
新自由主義―民間の自由な経済活動に任せる市場原理主義
 民営化・「官から民へ」・規制緩和(派遣労働の自由化、非正規雇用の拡大、そのうえ解雇規制の緩和も企図)
 「地域主権」―統廃合―伝統的な地域を解体・・・・都構想・道州制
 競争・格差(強者・「勝ち組」・マジョリティーによる弱者・「負け組」・マイノリティーに対する優越・支配)を肯定、
 教育は「国際社会で勝ち抜く競争力のある子どもを育てる」人材育成のサービス業と見なす。
 「自助努力」「自己責任」―能力と機会さえあれば、まづはそれでいくのは当然だとしても、それらに恵まれず(心身が普通に働ける状態になく、或は働ける能力はあっても仕事がなく、働くに働けないなど)自助努力・自己責任だけでは立ち行かない人の場合は、国の責任で公助が必要なのに、それを極力ひかえて自己責任に帰せようとする―そして社会保障を抑制―生活保護制度と受給者バッシング―親族の扶養義務強化の動き。
 「頑張った人が報われるべきだ」と成功者(勝者)の高所得を肯定し、累進課税・所得再分配を嫌がる。
新国家主義―強い国家 
 ―国家は自分たちの今の生活・営業を守るための道具
 権力を支持・利用―国益イコール私益・・・・かつての「滅私奉公」(お国のため自己犠牲)との違い(新自由主義を伴うこととともに「新」たるゆえん)
 強い軍事力を保持―自衛隊(軍隊化)・日米同盟の維持・強化
③文化的保守主義
 伝統・愛国心にとらわれる(→排他的ナシンョナリズム)・・・・「がんばれニッポン」と、自然にわきあがる感情ならいいが、押し付け・強制が問題
 家族・地域共同体の「絆」を重視―しかし、それらは競争・格差で分断・分解(矛盾)
 教育・文化の管理統制を強化―教育委員会に対して首長の権限を強化
              「日の丸」「君が代」強制
              「つくる会」系教科書の選定・押し付け
 社会統制したがる―監視社会(治安維持のために「皆がそれを望んでいる」と)   

要するに、人も組織も競争させて管理・統制を加えるのがいちばん、という考え方
    ―生徒も教員も職員も「人間」としてよりも競争力のある「人材」として、管理される対象として考える人間観

これらのイデオロギー・価値観に共通項をもった政治家・党派
 小泉―構造改革・・・「郵政民営化」
   靖国参拝にこだわる
 安倍晋三―「戦後レジームからの脱却」、
           「美しい国・日本」、教育基本法を改変、改憲手続き法を制定
 みんなの党―小泉改革を継承、「大阪維新の会」と連携
 石原(都知事)―憲法無視
 橋下(「大阪維新の会」党首・大阪市長)―「決められる民主主義」―多数派の独裁―強いリーダーシップ―トップダウン
  「選挙では、国民に大きな方向性を示して訴える、ある種の白紙委任なんですよ」
   ―政治家は大きな方向性と価値観を示し、それが支持されたのであれば、
    その範囲である種の白紙委任が認められるのだと。
    (マニフェスト・公約になくても、その一存で決められるというわけだ)。
  「強いリーダー」としてウケける―「改革者」として見られる(イメージ)
  キャッチフレーズ
   「自立する個人」―自助努力・自己責任を強調、生活保護・福祉サービスの抑制
   「自立する地域」―内政は地方(自治体)に丸投げ、外交・防衛は国(政府)の役割
地方間格差を埋める地方交付税を廃止し、消費税をすべて
                 地方消費税にして自治体の自助努力にまかせる。
   「自立する国家」―従属的な日米同盟「基軸」はそのまま  
  内外に「敵」「抵抗勢力」を作って―公務員・労組・北朝鮮・中国など
                   それらと「果敢に闘うリーダー」に見られ、                   バッシングを煽る。
  断定的な(歯切れのいい)言葉・・・・巧妙なレトリック(言い回し)
  感情に訴える(「感情統治」)
          ―論理や科学的根拠に(矛盾していても)とらわれない
  やっていることは―「君が代起立斉唱条例」・「教育基本条例」
           「職員基本条例」・「市職員政治活動制限条例」等の制定、
            職員の思想調査、
            公的福祉サービスの切縮め、教育・文化施設の縮小・廃止
           
改憲を志向―現行憲法を邪魔ものと
      
いじめ・虐待はこれらの政治がもたらした競争・ストレス社会の産物
 テスト競争・管理教育→強いストレス感・不安感・プレッシャー(抑圧感)
   →「うさ晴らし」―ふざけ・いたずら・「遊び半分」からサディスティックな(苦しむのを見て楽しむ)陰湿・残忍な「いじめ」へとエスカレート(「自殺の練習」から自殺に追い込まれる)
 教員評価制度・学校評価制度→学校・教育委員会の隠ぺい体質・事なかれ主義
 教員の雑務(報告書・指導案等の作成、研修、成績処理・数値データのパソコン入力)で長時間過密労働―生徒(教員数に対して多過ぎ)をよく見れない(目配りできる時間が少ない)

 学校も社会も一人ひとり(命・人権・人間としての尊厳)が大切にされる状況にない―子どもも大人も生きづらい(教員にも自死、うつ病など精神疾患が増えている)

 漫画家の西原理恵子さん(亡くなった夫は戦場カメラマン)は新聞(8月5日朝日―「いじめられている君へ」シリーズ)に次のように書いている。「いくら紛争地帯でも、年間3万人も死ぬことはありません。でも、日本ではそれくらいの人々が自殺しています。そう、この国は形を変えた戦場なんです。」

2012年08月06日

CIMG2731.JPG

CIMG2736.JPG
              女房が採ってきた

CIMG2844.JPG

CIMG2840.JPG
上杉鷹山公


2012年08月11日

「つらい選択」ではない首相の選択

 先日の本欄に「つらい選択訴える政治家求む」という投稿があった。それはどうやら野田首相の原発再稼働や消費税増税を「つらい選択」であるにもかかわらず、それに踏み切ったことを肯定し、そのような政治家こそが望ましいと評価しておられるように思われる。
 しかし、肝心なのは、「つらい選択」とか「決められる政治」とか、選択・決断力それ自体ではなく、どちらを選択・決定したか、その中身である。
 首相が選択したのは、「電力危機」(その実、原発の不良債権化による電力会社の経営危機)を回避するために原発の過酷事故の危険に目をつぶって再稼動の方を選択したのであり、また、財政危機を回避するために国民大衆から一番手っ取り早く集め易い消費税を増税するというやり方を選択したのであって、いずれも一番安易な方を選択してそれを決定したに過ぎないのであって、多くの国民にとっては全く評価に値すまい。
 「将来を見据えた政策」というなら、将来にわたって放射能の危険が子や孫たちにおよぶようなことのないようにし、消費税によって庶民生活と中小零細企業を疲弊に陥れることのないようにする政策こそが求められるのではないだろうか。

2012年08月19日

尖閣・竹島問題

 そもそも、今回の騒ぎのきっかけは、竹島については韓国大統領が、そこに上陸するという挙に出たこと。
 それに尖閣諸島のほうは石原知事が島を買い上げると言い出し、事を進めていったことだろう。いわく「政府に吠え面をかかせてやるんだ。何もしなかったんだから、政府は」「東京が尖閣諸島を守る」「島々を舞台にして様々な施設を展開する」と。

 国際司法裁判所への提訴―相手が応じなければ裁判は始らないが、それならそれで、なぜ応じないのか、その理由(それを正当づける根拠―領有権がその国にあるという根拠)を提示せよと裁判所を通じて迫るのがベター。
 そうすることによって国際社会と相手国民にアピールすることが必要。
(韓国が実効支配している竹島については、日本側が過去2回―1954年と62年―国際司法裁に付託を提案したことがあったが、いずれも韓国側がそこは韓国固有の領土であって係争地ではないとして受託拒否。ところが尖閣のほうは日本側が実効支配していて「日中間に領土問題はない」として交渉には応じない態度をとってきた。)
 国際裁判に持ち込んで、相手が応じず、そこで決着はつかくても、国際社会と相手国民に日本の領有権・正当性を最大限アピールするうえで提訴には意味がある。

 そうする以外は、海上保安庁による警備活動以外には、相手国が嫌がる(相手国の国民感情を逆なでし、相手国政府を困惑させる)行為―韓国のように首脳が上陸したり、議員が上陸したり、東京都が島を買い上げ、武装警察あるいは自衛隊の常駐施設を構築したり等―は控え、控えさせるほうが賢明。
 韓国による上陸・常駐・施設構築など一方的な行為を非難し、国際法廷に提訴するのはいいとしても、 韓国がそれ(上陸・常駐・施設構築)をやっているからといって、同じことをやって、或はそれらを実力阻止・排除・破壊などを以て応酬しあったら、事態はエスカレートして、行き着くところは武力衝突ひいては戦争になる。
 海上保安庁による警備活動(過激グループが、また押しかけて来たら、また追っ払う―逮捕・事情聴取のうえ、公務執行妨害それも実害がない場合は強制送還する等)の強化は必要。
 あわせて相手国政府に、過激グループが海保の警備海域に侵入し島に上陸するなど、こちら側が嫌がる行為を控え、控えさせる措置を講ずるよう、トラブルの再発・エスカレート防止に努めるよう毅然として要求することは必要。
 
 まずいのは民族感情(反日・反中・反韓)のぶつかり合い―その矛先が自国の政府批判(「弱腰外交」だとか「なめられてる」とか)にも向けられと、政府も強硬対応に出ざるを得なくなる。

 理想的には海域の漁場・海底資源の平和的な(協定ルールに従った)共同利用であり、その方法を追究し、その知恵にたどりつくことである。
 最悪の場合は、互いに、自国による島と海域(縄張り)の占有にばかりとらわれて、それを守るか奪うかの果てしない強硬手段の応酬、ひいては軍事衝突、国交も経済交流も断絶、あげくのはては戦争―共倒れ(負けはしなくても勝てもしない)である。アメリカが助けてくれる?―それは甘い(アメリカにとっては日本だけでなく中国・韓国も国益上だいじなパートナーであり、安保条約の「義理」や「友情」だけで国益や兵士の命を犠牲に供しようとは思うまい)。
 「弱腰ではなくもっと強硬な対応策(対抗措置)を講ずるべきだ」などと勇ましいことは言っても、そんなことをやれば、最悪の場合、戦争・共倒れになるということを想定もせずにそれを言うとしたら、それは無責任というもの。

 これらのことを考え、国益に照らして、どのような対応をとるのが有益か、両国間の関係維持・改善と、関係は悪化し国益は害しても民族感情・意地を押し通して自己満足を得るのと(「愛国という名のエゴ」―週刊朝日は中韓側の「愛国という名のエゴを許すな!」としてそれを指摘)、どちらを優先するか、どのような対応の仕方をとるのが望ましいか、である。
 東京都による尖閣の島購入は果たして妥当なやり方なのか否か、議員の島上陸は義挙なのか愚行なのかも、これらの観点から評価・判断すべきだろう。

 オリンピックで自国選手の活躍に熱狂し、試合に勝ち、メダル受賞となれば選手もテレビを見ている人たちもみんな自己満足(共感)し、相手国選手や国民は残念がりはしても、(今回、男子サッカーで日本に勝った韓国選手の一人が、試合直後に会場でサポーターから差しだされた「独島・・・」と書かれたものを掲げたのは、日本人の感情を逆なでする行為だっただけでなく、それ以外の人たちの気分をも損なう、オリンピック精神にあるまじき、とんだ迷惑行為で、多くのひんしゅくを買っているが、あれは例外で)誰の心を傷つけることも、両国の国益を害することもないし、それならいい。
 ところが、国家間・民族間の政治的・経済的な対立・領土紛争・民族紛争さらには戦争ともなると、相手国民・民族を憎悪しあい、感情を傷つけあい、勝ちを制して「万歳・万歳」と自己満足は得られたとしても、ともに相手国民・民族との平和共存・共栄(経済的にウイン・ウインの関係)を台無しにし、国益上はかりしれない損失をもたらすことになる。
 オリンピックで「がんばれニッポン!勝った、勝ったニッポン!」と熱狂するのはいいが、領土問題で熱狂して、「守るも攻めるも黒がねの・・・・・」(軍艦マーチ)なんてやってしまっては大変なことになってしまう。
 


2012年08月20日

8月のつぶやき

●NHKニュースウォッチ9「与党、単独採決強行。野党、首相問責。政局混迷も極に」「橋本市長、『政治は権力闘争。ぶつかり合うのは当たり前。これからはもっと面白くなりますよ」
 どこの放送・新聞・週刊紙も似たような取り上げ方で、「橋本劇場」で一色。本質に迫ることなく無批判。
 ああ、日本のマスコミ、作り出される「橋本・安倍新保守・改憲連合政権」。
 それにつけても、弱体な護憲勢力。劇場の片隅にも入れてもらえず。
新庄祭り
 米沢から新庄まで、途中3区間(米沢・赤湯間と山形・東根間と尾花沢・新庄間)に高速道ができて、2時間ほどで行け、昼前に発って夕方までに帰って来れた。駅裏の広い駐車場から陸橋を渡って駅前に出ると、大通りは出店が並び歩行者天国。「爺々は、この町で生まれ、子供の頃はここで過ごしたんだよ。お祭りには、こういうふうに露天が立ち並び、間に傷痍軍人が戦闘帽に白衣を着て、前に募金箱を置いて立っていたものだ。そこでよく買ったのは、写真や絵の肖像をなぞって描く拡大機と、コルクを飛ばすピストル・・・」などと話しながら、しばらく行くと新庄囃子の音が聞こえ、十字路に人垣。左から右方向へ山車が横切って行くところだった。20台の山車パレードで、先頭のほうの2~3台が通り過ぎたばかりで、大部分じっくり見れた。
 少年時代は、祭りも最終日の夕暮れともなれば、遠ざかる山車の太鼓の音に寂寥感を覚えたものだ。ああ夏休みも終わりだな・・・と。
●「『反原発より領土問題』だと週刊紙」―自作川柳
●「支持率いっきょ挽回に首相が尖閣上陸」―自作川柳
●朝日「声」欄の「若い世代」の投稿欄に「意志通した北島選手に共感」という中学生の投稿が載っていて、それに「個人種目ではメダルを逃したけれど、私は北島選手の精神に共感しました。『結果よりも大事なものは自己満足』だと思います」とあった。「結果よりも自己満足」これ北島選手が言った言葉?誰の言葉であれ気に入ったよ。当方はまさに、これでこのブログを書いているし、これ(自己満足)で生きているみたいなものなんだから。
 (勿論、北島選手の「自己満足」と当方のそれは、質的・レベル的に全く比べものにはならないし、北島選手のそれは、日本の多くの人々に感動と元気を与えるものだ。)
 その自己満足とは、自己の最善を尽くして得られる満足なのだ。
●朝日川柳から 
「猛暑でも原発ほぼゼロいけそうな」・・・・9日、関電管内でも事実そのようだ。
●この国の夏(これは自作)
 政治に怒り オリンピックに喜ぶ この国の夏
 ヒロシマ・ナガサキに哀しみ フクシマに怒る この国の夏
 先の戦争を哀しみ 今 五輪の平和を楽しむ ああ この国の夏 
●朝日川柳から 
「自衛隊も再稼動させたい脅威論」・・・・なるほど
「炉も人も『もったいない』と再利用―規制委員長」・・・・なるほど
●雨にも負けず・・・・夏の暑さにも負けぬ・・・・
決して怒らず いつも静かに笑っている・・・・そういう者に私はなりたい
・・・・・・・・・・南妙法蓮華経・・・・・・

 孫を怒りつけ、「バシ!バシ!」。女房「なにすんなだ!」。「喝を入れたなだ」。「暴力は暴力だべな!」。ん~。翌日、孫「じじ、許さねがらな」、 ん?
 
 それにしても自公民それにイシハシズムには怒らずにはいられね!

 

2012年08月24日

改憲派に対抗する勢力の台頭を

 23日の「声」欄に「橋本氏に対抗する勢力の台頭を」という投稿があり、「既成政党の衰退」「維新の会が大勝する可能性もある」なかで、「護憲の信念を持って、橋本氏を論破できる政治家が結集してほしい」と。
 オピニオン欄には、小田嶋隆氏のインタビューで、「決められない政治をまどろっこしく感じるかもしれませんが、まどろっこしさも国を個人の決断に任せないための大切なプロセス」、総選挙では「私なら少数党、泡沫候補にあえて投票しますね。自民でも民主でも維新でもないよ、という声を届けるには有効な投票行動だと思います」、「選挙は何かを期待して投票するんじゃなくて、何を阻止したいのかを考えて投票する」、「棄権をしたっていい、・・・ノーの意思表示として」とあった。
 いずれも同感です。そこで思ったのは、現行憲法の条項と精神をきちんと守ろうとしない民・自・維新その他による改憲や違憲的政策を阻止すべく、国会で改憲派が3分の2以上を占めて改憲発議するようなことのないように、護憲勢力の結集を促しつつ、護憲派政党ならどれでもいいからいずれかに投票して当選させることである。(棄権よりは護憲政党に投票したほうがいい)、と思うのだが如何なものだろうか。

2012年08月25日

CIMG2985.JPG
新庄祭り(毎年8月24~26日) 名物の山車(やたい)
CIMG2988.JPG

CIMG2990.JPG
            町内ごとに作って引く 合計20台   
CIMG3015.JPG

CIMG3021.JPG

CIMG3030.JPG

CIMG3032.JPG

CIMG3020.JPG
       「新庄ばやし」の笛・太鼓 これで夏も終わる
 
    

About 2012年08月

2012年08月にブログ「米沢長南の声なき声」に投稿されたすべてのエントリーです。過去のものから新しいものへ順番に並んでいます。

前のアーカイブは2012年07月です。

次のアーカイブは2012年09月です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Powered by
Movable Type 3.34