米沢 長南の声なき声


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首相官邸「ご意見募集」に応じて送った意見
2026年01月01日

 これまでの自民党もしくはその連合政権の安保政策は自衛隊と米軍との同盟体制を軸
とする国防路線を追求し、さらにその拡充強化をめざして、それを否認しブレーキとなる憲法9条改廃に踏み込もうとしている。
 現行憲法は米ソなどの連合国との大戦で敗北し、米軍占領下で制定され、9条には戦争放
棄、戦力の不保持、交戦権の否認が定められている。朝鮮戦争では米軍が日本の基地から出撃、占領解除後も日米安保条約で引き続き基地に駐留。急迫不正の侵害(小規模な密入国・密漁など領土・領海・領空の侵犯)に対しては海上保安庁と(「警察予備隊」として発足した「戦力」にあらざる)「自衛隊」による必要最小限の実力(排除・阻止など軽武装の対処力・抑止力)は持つことがあっても、軍事(軍隊による大規模な)侵攻に対しては国連機関に訴えて、応戦・反撃(交戦)は避け、戦力(軍備)は持たざるものとされてきた。
 それが、今や様相が変わって集団的自衛権の行使、反撃能力の保有といった戦争(交戦)に踏み込む事実上「戦力」を有し、防衛費もGNP1%から2%かそれ以上に膨らみ、駐留米軍とは共同訓練・統合演習も行っている。
 国連憲章は戦争禁止・武力不行使原則は定めているが、「個別的自衛権」・「集団的自衛権」と称して各国の軍事力の保持、軍事同盟も認めている。それで国々の大多数が軍備を保持し、軍事同盟を結んでいる国もある。結果、戦争は抑止し切れず無くなってはいないし、現にウクライナやガザなど、あちこちで戦争や紛争が起きており、アジアでは台湾有事が予想され、それに米軍が介入・参戦し、それが日本の「存立危機事態」となって自衛隊が集団的自衛権の名目で参戦、即ちこれから米中戦争・日中戦争もあり得るということ。それに休戦中の朝鮮戦争が再開され、これに在日米軍が出撃し、自衛隊が米軍を支援・参戦という事態もあり得る、ということになる。
 こうしてみると、防衛力(軍備)は「抑止力」として持っているだけで、それを使わずに済むように、対立・紛争があっても外交的手段によって解決するように努め、あくまで戦争や武力行使・威嚇は回避し通す、などということができるのかといえば、それは難しい。なぜなら「銃やナイフを持つと使いたがる」ものだし、軍備(武器・兵器)を持つと紛争解決の手段として武力行使が選択肢とされてしまうからである。そのように軍事的抑止力は平和・安全保障をもたらすという安心よりも、むしろ軍事衝突・戦争の危険をもたらす不安の方が強い。
 軍事力を増強する隣国など他国に対して疑心暗鬼・脅威を感じ、侵攻を仕掛けてくるやもしれないとの猜疑心に囚われ、それに対して自らも軍事力を持ち相手が仕掛けてきても負けまいとして増強し合って軍拡競争に邁進することになり、それに際限なく国費が投入され国民経済は軍事費に大きく割かれて民生費や教育費など足りなくなってしまう。
 そもそも軍事力による抑止効果の実効性は不確かで、客観的に算定できるものでもなく、多分に心理的効果に過ぎず、激情・好戦心・闘争心・焦燥感・自暴自棄的な「玉砕戦法」など攻撃的衝動といったものもあって理性的判断・制御が効かず抑止が効かないということもあるし、「軍事的抑止力」なるものは必ずしも当てになるものではないのでは。
 核保有国同士では「核戦力均衡抑止」「相互確証破壊抑止」などの抑止効果で米ソ激突は無くて済んだとはいっても、将来にわたってずうっと持続可能な安全保障・恒久平和は不可能であり、かつ核兵器は「持っていても使えない」無用の長物で莫大な金食い虫ともなる。
 日本政府は自国憲法に定めた「戦力不保持・交戦権の否認」は、それを堅持し改廃することなく、自衛隊も災害出動や国土領域の警備活動の分野以外の軍事は廃して、国連や諸国にも核兵器の全廃はもとより通常兵器も新たな「常設の国連警察軍」以外に各国の軍備は全廃し、「国際紛争を解決する手段としては武力による威嚇又は武力の行使を放棄する」よう促し主導するという方向に専念・邁進するようにした方がいいのでは。そうしてこそ我が国は世界の恒久平和に貢献して「国際社会において名誉ある地位を占め」ることができるというもの。それとも、そんなことは非現実的で、いままで通り国々が防衛力を保持し合って軍事的抑止力によって戦争を抑止するというやり方を採り続ける方がよいのか。しかし、そのような抑止力で戦争のない世界平和が恒久的に維持されるとはとうてい思えないし現実的だとも思えない。それよりはむしろ既に我が国憲法に定めている「戦力不保持・交戦権否認」を今からでも率先実行して国連憲章・各国憲法にもそれら軍備全廃を定めるよう促し主導する方が現実的で、それ以外には「戦争のない世界恒久平和」実現の方法はあるまい。ノーベル平和賞は「力による平和」で受賞されることなどあり得ないのでは。


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