(1)動物的な方法
人間も動物、その動物の世界、或いは子供の世界に見られる「いじめっ子といじめられっ子」という弱肉強食・優勝劣敗の生存競争の感覚・・・・「弱い子がいじめられる。強いやつはいじめられない。国もおんなじよ。強そうな国には仕掛けてこない。弱そうな国がやられる」(自民党の麻生副総裁)といった感覚からの力対力で決する方法。
優勝劣敗・・・・勝ち目がなければ戦わず相手に従う
軍事―武力行使―戦争
武力による威嚇(軍事的抑止力)―「歯向かえば(抗戦すれば)痛い目に遭うぞ(倍にして返すぞ)」と威嚇して、戦わずに相手を従わせる。しかし、相手もそれに「負けじ」と軍事力強化し、「そっちの方こそ痛い目に遭うぞ」と対抗―軍事的優位を競い軍拡競争—均衡(パワーバランス)すれば戦争抑止(均衡抑止)・・・米ソ冷戦時代(米・西欧側のNATO対ソ連・東欧側のWATOという2大軍事ブロックが対峙してパックス・ルッソ・アメリカーナ「米ソの平和」)—それには双方とも「ヘタに仕掛けて戦争になると自分の方が負けるかもしれない」と思っている限り戦争は起きない。
しかし、双方とも兵器や兵力・戦力の質量には機密があり、全面開示されているわけではなく不透明。
また、ソ連・東欧側の体制崩壊で、WATO解体、NATOの独壇場となり、東欧諸国はNATOの方に鞍替え(加盟)、ウクライナまでそれ(NATO)に加わろうとしたので、ロシアはアメリカに対してウクライナのNATO加盟否認の法的保証を要求。
アメリカはそれを拒否、ロシアはウクライナ国内でロシア人が多く住む東部でウクライナ政府軍と既に戦っている州の独立・保護を理由に侵攻。
(ロシアのように)誤算から勝てると思い込んで仕掛け、それに(ウクライナのような)相手が(アメリカなどNATOの支援を受けて)抗戦すれば戦争になる。(アメリカ・NATO側は、ロシアに対して)そのような誤った思い込みをされることのないように、「勝てないからやめろ」と納得させなければならなかったはず。
ロシアにとってウクライナが越えてはならない一線はNATO加盟であり、ウクライナにとってロシアが越えてはならない一線は侵攻であろう。或いは越えなくても、どっちみち攻撃されるのであれば、思い止まる方が損だとなり、双方とも徹底攻撃と徹底抗戦で激突。軍事的抑止力は、このように危ういものであり、戦争を抑止し切ることなどできないのではないか、と思われる
アジアで日本が関わる戦争の火種は台湾をめぐる米中戦争と朝鮮半島をめぐる米韓と北朝鮮の戦争(朝鮮戦争の再開)であろう。その場合の対決する国々それぞれにとって、越えられない一線とはどんなところにあるのだろうか?
(2)人間的な方法
①感情的な(欲望・欲動・情念・心情による)方法
情念(抑えがたい愛憎の感情)・・・・ロシア軍のウクライナ侵攻という暴挙にはプーチン大統領の情念があるのでは。
怒り・憎悪・復讐心
矜持(自尊心・プライド)・・・・佐伯・京大名誉教授はロシアに対するウクライナ人の抗戦は「理不尽な侵略に屈することをよしとしない矜持」によるものだろうと。
欲望―利己心・野望
欲動―攻撃欲動(死への欲動)(衝動的)・・・自暴自棄→テロリズム
ロマン(夢・理想・英雄・勇者への憧れ、冒険)
信仰心・宗教的感情→聖戦(正義の戦争)として戦争を正当化
これらの感情や情念・欲動によって相手を攻撃→戦争に向かいがちだが、
利他心・情け(道徳感情)―同情・思いやり、哀れみ、慈悲、愛他精神・博愛・仁愛・謙譲(譲り合いの精神)、というものもあり―これらの感情は攻撃・抗戦・反撃など戦争行為の回避に向かうものとなる―キリスト教には「汝の敵を愛し、迫害する者のために祈れ」「剣をとる者は剣で滅びる」との非暴力平和主義の教えもある。
しかし、道徳感情には悪や不正を許さず成敗すべし、という攻撃性も―正義感と仲間意識で結束(掟・ルール違反者―「異端」は許さない)―排除、排撃→いじめ、「村八分」、戦争も・・NATO側のウクライナへの軍事支援
それに宗教がからむと「異端・邪教」との戦争―互いに自分の方が「正義」で相手は「悪」で「人間にあらず、殺してもかまわない」と見なして血みどろの戦争(宗教戦争)②理性的な(合理的)方法―外交的解決―対話・協議・交渉
非軍事・不戦―平和的生存権の保障(非軍事的安全保障)に徹し戦争回避
日本国憲法の9条はこの方法をとることを求めているものと思われる。
世界の諸国との友好協力、経済・産業・文化の交流・相互依存(「相利共生」)―非軍事的抑止力(相手に戦争するなんて割が合わないと思わせる)現実的合理的なのはこの方法であるが、動物的方法や感情的方法は理性によって抑制もしくは排除しなければならないわけである。
キーポイント―戦争にならないようにすること
「全世界の国民が等しく恐怖と欠乏から免れ平和の裡に生存する権利を有すること」を保障し合う。
公正と信義―信頼され信頼できるように。
相利共生(相互依存・”Win Win”の関係)を目指すウクライナに侵攻したロシアと、それに抗戦するウクライナ軍とそれを支援するアメリカなどNATO諸国が採っている紛争解決法は①の「動物的」なやり方と⓶の「人間的感情的」なやり方でも「矜持」や「攻撃的道徳感情」に由来。
それに対して日本の憲法が国民に求めているのは⓷の非暴力・不戦・非軍事の方法であろう。
(「抑止力」として軍事力と経済的相互依存の組み合わせ戦略で、両用で行く方法もあるが、それは交渉・説得に際して、道理を尽くして納得を得るのではなく、「どうしてもこちらの要求に応じなければ、武力で強要するしかない」として「脅し・威嚇」に軍事力を用い、結局「力にものを云わせる」やり方で、互いの間に不信を残すやり方で、合理的とは云えない。)