それは戦前・戦中、日本統治下にあった朝鮮人(韓国人)で日本企業の軍需工場や鉱山で働いた元徴用工が非人道的な扱いを受けたとして、個人的に日本の国と企業に対して謝罪・賠償を求めて訴訟を起こしたのに対して日本政府、韓国政府、日本の裁判所、韓国の裁判所とで対応が分かれ、未だに謝罪・賠償をしてもらえず、元徴用工と遺族たちの心が晴れない状況に置かれている、という問題なのだ。
今回その問題がクローズアップされたのは、韓国の最高裁(大法院)が元徴用工4人の訴訟で、元徴用工に個人請求権を認定(当時の労働実態は「不法な植民地支配に直結した反人道的な不法行為」だと指摘し、請求権協定によって個人請求権は消滅したとは見なせないとして)、新日鉄住金に原告の請求通り4人に1人当たり1億ウォン(約1千万円)の賠償を命じた控訴審判決を支持し、新日鉄住金の上告を退けた。これにより、同社は4億ウォン(約4000万円)を支払うよう命じた判決が確定。
これに対して安倍首相・日本政府が反発
(1)徴用工問題は「解決済みだ」。韓国の裁判所と大統領がそれを「蒸し返した」と。
(2)韓国の最高裁判決は「国際法に照らしてあり得ない判断だ」と。
(3)「韓国は国と国の約束を守らない」と。
はたしてそうか?
問題は、日本が敗戦で朝鮮半島支配から手を引いた後、分離独立した韓国と北朝鮮に主として米中がそれぞれを支援して行われた朝鮮戦争・休戦を経た後、1965年に日韓基本条約(日本が韓国を朝鮮半島の唯一の合法政府として認めて国交を樹立)とともに締結された日韓請求権協定(正式には「財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定」)―そこに①日本が韓国に対し、無償3億ドル・有償億ドルの経済支援を行うこと。②両国及び国民の間での請求権に関する問題が完全かつ最終的に解決したこと、等のことが次のように定められた。
日韓請求権協定第1条「日本国は大韓民国に対し、(a)現在において1080億円…に換算される3億合衆国ドル…に等しい円の価値を有する日本国の生産物及び日本人の役務を、この協定の効力発生の日から10年の期間にわたって無償で供与するものとする。・・・・。(b)現在において720億円…に換算される2億合衆国ドル…に等しい円の額に達するまでの長期低利の貸付で、大韓民国政府が要請し、かつ、・・・・取極めに従って決定される事業の実施に必要な日本国の生産物及び日本人の役務の大韓民国による調達に充てられるものをこの協定の効力発生の日から10年の期間にわたって行うものとする。・・・・・・・・・・。
前記の供与及び貸付けは、大韓民国の経済の発展に役立つものでなければならない。・・・」
第2条「両締約国は、両締約国及びその国民(法人を含む)の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、1951年9月8日にサンフランシスコ市で署名された日本国との平和条約第4条(b)に規定されたものを含めて、完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する」と。それを日本側はどのように実行したか―日本政府は韓国政府に対し、合計5億ドル(無償3億ドル、有償2億ドル)の経済協力支援を行い、役務提供等を行った。(無償の3億ドルの経済協力支援は、日本の企業を通じて韓国内へ工場などの生産資本や技術などを輸出する形で行なわれたので、日本の経済界にとっても、大規模なインフラ事業を受注するメリットに加え、将来的にも韓国内での経済活動の足掛かりとなるメリットが十分にあった。)
それに対応して韓国側はどのようなことを実行したか―韓国内で、高速道路建設事業や製鉄所建設事業、ダム建設事業をはじめとする大規模なインフラ事業を実施するなど、韓国の経済復興のために日本からの経済協力支援金が利用された。
韓国政府はすべての国民が利益を均等に受けることなどの基本方針に基づき、「請求権資金の運用及び管理に関する法律」を制定(1966年)。この法で無償資金は農業・林業および水産業の振興・原材料および用役の導入その他経済発展を支える事業のために使用することとし、有償資金は中小企業・鉱業と基幹産業および社会間接資本を拡充する事業のために使用することとした。民間人の対日請求権補償については、この法で定める請求権資金の中から補償しなければならないとされていたが、そのまま徴用工の未払い賃金その他に対し十分に支払われたものではなかった。
その後1974年になって対日請求権補償に関する法律を制定、被徴用死亡者の遺族に1人30万ウォン、総計(当時のレートで)約37億2650万円支給(負傷者や生存者は対象外)。
さらにその後2000年代に入って、強制動員被害の調査実施のうえ、請求権協定で日本から受け取った無償資金中の相当額を徴用工ら強制動員被害者の救済に使用すべき道義的責任が韓国政府にあったとして、2007年、「太平洋戦争前後国外強制動員犠牲者等支援に関する法律」が制定され、死亡者1人(日本円で)約200万円、負傷者には障害の程度に応じてそれ以下の範囲で慰労金を支払い、生存者に年間80万ウォン(約8万円)の医療支援金を支給。ところが今になって、元徴用工訴訟にともなう韓国側の最高裁判決に対して日本政府が反発し、両国政府間で他の問題(日本政府が韓国を輸出優遇国から除外、それに対して韓国側が日本との軍事情報共有協定の破棄を通告)に発展し、両国民間の感情的対立にまで発展してしまっているのだ。
しかし、この元徴用工訴訟と韓国最高裁(大法院)判決は、今になって急に出てきたわけではなく、原告たちの最初の提訴は20年近くも前(1997年12月)日本の裁判所(大阪地裁)に出されたもので、日本では地裁から最高裁まですべて敗訴で終わってしまい、やむなく韓国の裁判所に訴えを起こし、そのあげく大法院でついに訴えが認められた。その大法院判決(上告棄却)も、既に6年も前(2012年5月)高裁への差し戻し判決で原告の訴えを認めたのと同じ判決理由だったのだ。
それなのに安倍政権下の現日本政府は、なぜ今になって反発を強め、日韓関係がこうも悪化するようになったのかだ。問題の核心
(1)そもそもこの問題には戦前・戦中における日本の朝鮮半島に対する植民地支配が正当・合法だったのか不当・不法だったのかの問題があり、そのことからして認識の不一致があり、合意されてはいなかった。
1910年の日韓併合条約により日本は朝鮮を植民地して、1937年の日中戦争の開始後、戦争による労働力不足を補うために日本政府は計画的に朝鮮人を強制動員・徴用した。それら併合統治・動員徴用が適法だったのか、違法だったのかだ。
日本側は適法だったとし、韓国側は違法だったとして、交渉段階で争われた。日本側代表は「朝鮮36年間の統治は、いい部面もあった」「日本は朝鮮を支配したというけれども、我が国はいいことをしようとしたのだ」などと発言したりしたが、併合・統治(植民地支配)の経緯・実態をみれば不当性・不法性は明らかだろう。少なくとも、この間、抗日義兵闘争や三・一独立運動など抵抗運動を不断に展開した韓国・朝鮮人民の立場からすれば、日本側の言い分には納得はできないだろう。
日本の朝鮮半島併合・統治のことに関しては、日韓会談での交渉は決着つかず、結局「日韓併合条約」等は「もはや無効である」つまり失効ということで折り合った(日韓請求権協定と同時に締結された日韓基本条約第2条には「1910年8月22日以前に、大日本帝国と大韓民国との間で締結された全ての条約及び協定は、もはや無効であることが確認される。」と。文中「もはや無効」の「もはや」は、元文にはなかったが、その言葉がなくて「全ての条約及び協定は無効である」ということでは、併合・統治自体が全て無効だったということになってしまうので、そうはならないように「もはや」という言葉を入れることによって、併合・統治は有効だが、条約・協定は「今となっては、もはや無効である」というふうにされたわけ。).併合・統治が不法か合法かの主張の対立をめぐる曖昧な玉虫色決着は後々現在に至るまで尾を引いているわけである。
(2)「徴用工問題は解決済みなのか」について―両締約国・国民の間の請求権に関する問題は「完全かつ最終的に解決された」と書かれてはいるが
玉虫色決着は日韓請求権協定でも行われているわけである。日本政府は、「日韓請求権協定により、日本が韓国に対して経済協力(無償3億ドル、有償2億ドル)をすることで、日韓間の請求権を実質的に相互放棄して『完全かつ最終的に解決』することとなり、当初の目論み通りに解決できた(無償3億ドルは韓国に対する賠償ではない)」と日本国民に説明。反対に、韓国政府は、「無償3億ドルの経済援助は実質的な賠償である」と国内的に宣伝し、国民の理解を得ようとした。そして日本の植民地支配・戦争による損害と被害に対する謝罪・反省の弁を聞くこともなく、過去の清算に関する根本的な問題解決を先送りにし、将来にツケを残した格好となった。(第二東京弁護士会・張界満弁護士)
日韓請求権協定第2条には、両国は、両国及びその国民(法人を含む)の財産、権利及び利益並びに両国及びその国民の間の請求権に関する問題が、1951年のサンフランシスコ講和条約第4条(b)に規定されたもの(在韓日本財産に関する取扱いを承認―引用者)を含めて、「完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する」とあり、協定の付属文書「合意議事録」には「(上記の)請求権に関する問題には、日韓会談において韓国側から提出された『韓国の対日請求要綱』(いわゆる8項目)の範囲に属するすべての請求が含まれており、したがって、同対日請求要綱に関しては、いかなる主張もなしえない(注―主語がなく、「主張をなしえない」のは国なのか個人なのか、或は国及び個人なのかいろいろ解釈の余地があり、はっきりしない―引用者)こととなることが確認された」と。そしてその「対日請求要綱」には8項目があり、その(5)には「韓国法人又は韓国自然人の日本国又は日本国民に対する日本国債、公債、日本銀行券、被徴用韓国人の未収金、補償金及びその他請求権の返還請求」とあるが、これらに「不法行為に対する慰謝料(賠償)」は含まれているのか否かで解釈が分かれる。(「補償」と「賠償」では意味が本質的に異なり、「補償」は適法行為による損害に対する代償のことであるが、「賠償」(そのうち精神的損害に対して支払われるのが「慰謝料」)は不法行為による損害に対する代償のこと。)
日本政府は、当初(2000年頃まで)は外交保護権(国として自国民保護の立場から対応する権利)は両国政府とも互いに放棄したが、被害者が個人的に求める賠償請求権は別だとして個人として裁判所に訴求する権利を認める余地を残していた(サンフランシスコ条約には国民と国家の請求権を「放棄する」という条項があり、広島の原爆被爆者が国際人道法に反する原爆投下によって被害を受けた米国に対して損害賠償を請求する権利が被爆者にはあるはずなのに、国は条約でそれを放棄してしまったとして日本国に対して賠償に代わる補償を要求して裁判を起こした。それに対して政府は条約で放棄したのは国家の外交保護権だけで、被害者個人が国を通ずることなく、直接にアメリカ政府に請求する個人請求権は消滅していないから国は被爆者に補償する必要はないとして要求を拒否した。
また、敗戦により多くの日本人や日本企業が朝鮮半島に財産を残してきたまま日本に逃れてきたが、日韓請求権協定でその財産権が消滅したとなると、国はまた「補償」の要求を受けることになる。そこで、日韓請求権協定で放棄したのは外交保護権だけなので、財産を残してきた日本人に国が補償する必要はないと解釈)。
ところが、やがて2000年頃になると、主に中国人強制連行被害者が起こした裁判で、原告の請求を認めたり企業や国に対して不利な判決が出始めると、国は突然解釈を変更し、韓国人被害者を含むあらゆる戦後補償裁判で条約(サンフランシスコ条約・日韓請求権協定・日華平和条約)により「解決済み」と主張するようになり、「個人の権利は消滅していないが裁判上訴求することはできない」という主張に変った。(新潟国際情報大学の吉澤教授によれば、「権利は消滅していないが、裁判所で救済されないと両国が約した」というなら、それが明示されている合意文書を示す必要があるが、現在までに公表されている合意文書に書いてあることは外交保護権の消滅のみを示しているだけで、請求権協定が裁判的救済を否定したとする根拠は不明確だ、としている。)
そして日本の最高裁も、2007年、中国人強制連行被害者が西松建設に対して起こした訴訟で、国の新しい主張を基本的に受け入れた判決を下した。最高裁はまず、サンフランシスコ条約について「個人の請求権を民事裁判に委ねると混乱が生じるから、個人の請求権は裁判で請求できないことにするというのが条約の枠組み」だとし、1972年の「日中共同声明」もこの枠組みの中にあるとした。その同声明が「中華人民共和国は、中日両国国民の友好のために、日本国に対する戦争賠償の請求を放棄することを宣言」したことによって政府が自国民被害者を救済する外交保護権を放棄したのみならず、被害者個人も「裁判上訴求する権利は失った」として、最高裁は中国人強制連行被害者らの請求を棄却した。
但し(最高裁はこれに付言して)、それは「個人の請求権を実体的に消滅させることまで意味するものではない」(だから当事者間で解決をはかることは差支えない)として、日本政府や企業による被害の回復に向けた自発的対応を促す判断をも下した。(それによって西松建設は被害者に謝罪し、和解金を支払っている)。
いずれにしても、日韓請求権協定で外交保護権は放棄したが、個人の請求権は消滅していないという点では解釈は一貫している。
一方、韓国政府は当初(1965年の日韓請求権協定締結当時)は「完全かつ最終的に解決」を個人請求権も消滅の意味に解釈していたようだが、やがて(金大中政権時代の2000年あたりまで)日本政府の解釈に合わせて、日韓請求権協定で放棄したのは国の外交保護権だけで、被害者の個人請求権は消滅していないという立場に転換、日本政府の方が被害者は(個人請求権は消滅してはいなくても)裁判上訴求することはできないという考えに変わっても、そこは変えず(直接相手国政府や企業に裁判上訴求することもできる)という考え方を採るようになった。また、ノ・ムヒョン政権は(慰安婦問題や韓国人原爆被疑者問題などは別として)元徴用工の損害賠償(慰謝料)請求権も日韓請求権協定の適用対象に含まれるとして、協定に基づいて日本政府から得た経済協力資金(無償3億ドル)から元徴用工被害者の救済に(「慰労金」などとして)当てる措置を講じている。しかし、その措置は、あくまで韓国政府が人道的見地から行うもので、日本の責任を肩代わりするという筋合いのものではなく、それによって日本の責任が消滅することにはならないという考えのもとに、元徴用工の慰謝料請求権が協定の適用対象に含まれるとしても、それは外交保護権が放棄されただけで個人の請求権は消滅していないというもの。
それに対して韓国最高裁(大法院)の判決(多数意見)は元徴用工被害者について国の外交保護権も被害者個人の損害賠償(慰謝料)請求権(それは協定の適用対象には含まれず)、それに被害者個人の裁判訴求権(訴訟による権利行使)もすべて認められるというもの。韓国最高裁はどうしてそのような判断に至ったのか。それは次のようなことなのでは
日韓請求権協定で相互に請求権・外交保護権は放棄したとされたが、日本による植民地支配は合法か不法かの合意に達せず、それを曖昧にしたまま、いわばそれはどっちでもいいからとにかく外交保護権を互いに「放棄」して請求権問題は解決したことにしようとなったものと思われる。ところが、日本側の立場で植民地支配を合法だったことを前提にして請求権協定で日韓とも放棄した外交保護権にすべてが含まれるとして日本政府が元徴用工など韓国人被害者の補償請求や賠償請求をすべて受け付けないのに対して、韓国側の立場から植民地支配は不法なものだったので、その不法な植民地支配に直結した強制連行・強制労働などの不法行為に対して謝罪と慰謝料を求める韓国人元徴用工の個人賠償請求は「放棄した外交保護権」には含まれない、つまり彼ら元徴用工被害者にはそれらの権利はあると判断したわけである。
(韓国政府のこれまでの見解は、これとはズレがあるが、韓国は日本と同様に三権分立の原則を採っている以上、韓国政府は大法院判決を尊重しなければならない立場―違憲立法審査権や国内に適用される条約の最終的な解釈権は司法府にあり、行政府は司法府の確定判決に従わなければならないわけである。)以上、両国政府間では植民地支配の正当性を巡って認識・見解の相違があり、かつ日韓請求権協定2条にある「完全かつ最終的に解決された」について、日韓両国政府・両国司法府の間で解釈が分かれ、相異なる認識・解釈を前提にしてそれぞれ立論し、事に当たってきているわけである。
しかし、これら韓国政府と韓国最高裁、日本政府と日本最高裁とで(日本側は両方とも個人請求権は消滅しておらず、訴えを裁判には持ち込むことはできないが、企業に持ち込むことはできるという考えで)いずれも「個人請求権は消滅していない」という一点では共通認識を持っている、このことには留意しなければならないところだろう。
ところが安倍首相は、そのことにはまるで意に介さず、元徴用工被害者の個人賠償請求権までも日韓請求権協定で「完全かつ最終的に解決しているのだ」との政治的発言を繰り返し、韓国大法院が個人賠償請求権は協定2条で「解決された」とされる「請求権」には含まれないと解して下したその判決を「国際法に照らしてあり得ない判断」であり「毅然として対応していく」などと強弁しているのである。日本のメディアや論者の多くはそれに同調する論調で、国民の間にも「反韓・嫌韓」の方に傾いている向きが多くなっている。そうして、日韓の関係はいまだかつてなく悪化しているのだ。
安倍首相は、韓国の最高裁判決は「国際法に照らしてあり得ない判断だ」と云い、日本政府は国際裁判(仲裁委員会や国際司法裁判所)で決着をつけるなどと述べているが、そもそもこの問題は、元徴用工の人権問題である。人権というものは時と所を超越し国内法・国際法(国と国の関係を規律する法で、条約・協定や国際慣習法など)を含め人為的な諸法(人定法)の定めに拘らず自然法に基づいて万人に賦与されている普遍的な自然権だとされている。
人権を国権から守るために制定されているのが憲法であり、国際的には世界人権宣言とそれを条約化した国際人権規約があるが、国内法であれ条約・協定など国際法であれ人権保障に反してはならず、個人の人権侵害に対する賠償請求を認めた判決が「国際法違反」というなら「国際人権法」違反こそ非難されて然るべきだろう。
世界人権宣言8条には「すべて人は、憲法又は法律によって与えられた基本的権利を侵害する行為に対し、権限を有する国内裁判所による効果的な救済を受ける権利を有する」と定められているが、それらによって保障された国際法上の裁判を受ける権利を真っ向から否定する日本政府の見解が国際的な支持を受けられるわけはないだろう。(日本国憲法32条も「何人も、裁判所においてさいばんを受ける権利を奪われない」と規定しており、それは外国人にも保障されている。)
法律不遡及(事後法の禁止)の原則を持ち出す向きがあるが、国際人権規約の自由権規約15条(遡及処罰の禁止)には、1項に「何人も実行の時に国内法又は国際法により犯罪を構成しなかった作為又は不作為を理由として有罪とされることはない」とその規定はあるものの、2項には「この条のいかなる規定も、国際社会の認める法の一般原則により実行の時に犯罪とされていた作為又は不作為を理由として裁判しかつ処罰することを妨げるものではない。」として不遡及の例外規定が定められている。
尚、1944年の徴用工動員に先立つ戦前、国際連盟でも強制労働を禁止するための条約(ILO第29号条約)が採択されて、1932年には日本も批准していた。それは事後法ではないわけだ。
神戸大院国際法の玉田大教授によれば、「植民地統治が否定されるようになったのは、戦後の国連体制ができてから。そのため朝鮮半島を統治し始めた1910年当時に遡って違法性を問うのは法の原則に反する。ただ、国際社会では90年代以降、人権がより重視されるようになっている。請求権協定によって「解決済み」という日本の主張は国際司法裁判所の裁判官の共感を得ずらいだろう。」
1971年国際司法裁判所のナミビア事件における勧告的意見で「国際文書、解釈の時点において支配的な法体系全体の枠内で解釈適用されなければならない」とされたが、明治学院大国際法の阿部浩巳教授は「国家中心から人間中心、被害者中心へと変わっている現時点での法体系全体の中で、日韓請求権協定を改めて解釈する必要がある。どんな条約も人権に反する解釈はできない」と。
また、2001年国連主催のダーバン会議では奴隷制や植民地主義・ジェノサイド(虐殺)など過去の悲劇に対する反省・謝罪を求める決議が採択されているのだ。又、安倍首相は「韓国は国と国の約束を守らない」と決めつけているが、韓国司法府も韓国政府も、日韓請求権協定をまるっきり無視したり、或は協定に違反して徴用工訴訟問題に対応しているわけではなく、自国民である元徴用工被害者たちの人権を救済すべく、協定の条文に照らして彼らなりに可能な合理的解釈に基づいて可否を判断して対応しているのであって、彼の国が約束を守らない、信用できない国であるかのような決めつけは如何なものか。
一般に、政府や与党政治家は国益第一主義で、自国企業の利益擁護(少しでも損失にならないようにすること)が最優先なのであって、過去の被支配他国民の人権救済問題など極力回避しようとする。又マスコミも自国民購読者や視聴者の愛国感情と国益優先意識に応じて、その観点からの報道に傾き、過去の被支配国民の民族的悲劇や人権救済問題などに焦点を向けることは少ない。いずれも人類愛や隣人愛というヒューマニズムよりもナショナリズム的ポピュリズム(多数派民意を忖度する大衆迎合主義―少数派を無視)が支配的なのだ。
NHKは「日韓問題」「徴用工問題」のニュースといえば、ほとんどが安倍首相が云う「国際法違反だ」とか、官房長官や外相が云う「協定で完全かつ最終的に解決したにもかかわらず韓国最高裁はそれを覆す判決を下した」「韓国は仲裁委員会の協議申し入れに応じない」といった発言を繰り返している、それをそのまま流すだけで、そういうニュースを何べんも庶民は聴かされる。
朝日新聞も首相や外相の発言と韓国側の対応を表面的に伝える記事と、識者の意見・論評を時折併記したりして載せるだけで、当方がこのブログに載せている日韓関係史などのような朝鮮半島植民地化・支配の経過を(簡単な年表を載せることはあっても)独自に調べて詳しく表記することもなく、協定締結に至る日韓の交渉経過・論争の論点などの解説は若干あっても、詳しくはない。肝心の元徴用工被害者の訴訟と日韓での裁判の経緯、それに本人や遺族たちの思い等(取材しているのかだが)記事はほとんど見られない。
このような報道では、庶民は「そうなんだ、韓国のやってることは国際法違反で我儘なことを云ってるんだ」などと云った受けとめになってしまうのだろう。そこで当方などが考えるのは被害者と加害者のどちらに寄り添って考え判断すればよいのか、自国の政府の総理大臣や政治家がやってきたこと、言ってることだから正しいといって身びいきして同調するのではなく、反日だとか反韓だとかでもなく、とにかく被災者・被害者国民のほうに寄り添って考え判断しなければということなのだ。この徴用工問題の核心は、当の元徴用工(強制連行・強制動員)被害者・遺族たちの辛く悲しい思いに寄り添い、彼らが被ってきた精神的苦痛をなんとかして救済しなければならないということだ。その立場から可能な最善の方法を考える。それこそが焦眉の課題なのでは。
11月20日、日韓両国の弁護士ら法律家(日本の自由法曹団、民主法律家協会、韓国の「民主社会にための弁護士会」など12団体)が連携して「共同宣言」を出した。それには①強制動員被害者の請求権問題は未解決であり、そのことは日韓の最高裁・日本政府の立場いずれにおいても確認されている。②韓国大法院判決は適正な訴訟手続きを経て出された結論で、日本企業は判決を受け容れるべきであり、日本政府はこれを妨害するべきではない。③日韓両国政府と被告・日本企業は、被害者の名誉と権利を回復するため、中国の強制連行・強制労働事件における日本企業と被害者との和解などを参考にして、必要かつ可能な措置を迅速に図ること、等のことを求めている。川上詩朗弁護士もこれに加わっていて、記者会見で「徴用工問題は政治・外交問題とされているが、その本質は人権問題であり、被害者の視点から人権回復を最優先に考えることは、日韓の法律家の共通認識だ」と。<参考:山本晴太・川上詩朗・殷勇基・張界満・金昌浩・青木有加 著『徴用工裁判と日韓請求権協定―韓国大法院判決を読み解く』現代人文社>