参院選で安倍首相は、そう言って訴えた。それは旧民主党政権の下での「混迷」を「悪夢」だったとして、再びそこへ逆戻りしてよいのか、そんなことだったら、今の安倍・自公政権の方がいいに決まってるだろう、というわけである。
(1)今回のこのような選挙に対して人々の反応、なかでも若者たちの反応はどのようなものだったか。
7月23日NHKの番組「クローズアップ現代」(『現役世代はどう投票?一票に託したホンネは将来の不安の中で』)で紹介された若者のコメント(インタビューへの答え)。
「文句言って消費税(増税方針)が変わるのかといったら変わらないし、今の与党のままでいいのかな。」「社会の中の何かが直ぐに大きく変わるわけではないでしょうけど、野党が強くならないと、たぶん今の政治はしっかりしない。」
「ツイッターはフォローしてます。」「政治色、前面に出されると引いちゃう。」
「問題なく今、日本が安倍さんのまま続いているので、安定しているのかなと思います。」
「文句言って状況が変わるわけじゃない。しょうがないと思いますね。」
「なんだかんだいっても、長くなっている政権を安定させて『頑張って』って応援してあげるのが一番得策なのかと思います。」
「外交とか、そういうものを全部ひっくるめて考えたときに、野党にここで任せるよりかは現状維持で自民党にやってもらった方が、まだましなのかな。」などといったもの。解説―「若い世代はこれまでとは異なる価値観で政治を見ていることも分かってきました。」「小学校高学年の頃に起きたリーマンショック。『失われた20年』に育った世代は、政治への期待の度合いが低くなり、自分の身は自分で守ると思うようになっている」と(自己責任で何とかするというわけ)。
学生のコメント―「今まで何か政策で変えてもらったという経験がないから、政治にアクションを起こして変わるという実感が湧かない。」
「今の生活を変えるには自分が頑張るしかない。」
「2000万円必要なら、自分で頑張って働いて貯金すれば裏切られることもない」
SNSを通して政治と接点を持つ若者―「安倍さんとトランプさん」なんかのツイッターをフォロー。
「わざわざ検索しにいくほど興味はないけど、流れてくるんだったら見ておこうか、ぐらいの気持ちで。情報が受け身で入ってくるというところがコスパ(費用対効果)がいい」などと。慶応大学院の谷口尚子准教授―「若者世代の生活スタイルは、スマホで何でも買えるなど、多様なニーズがオンデマンドで(利用者の要求に応じて)直ぐに満たされる便利な世の中にある一方、政治は地域社会や利益集団があって、政策過程があって、ものすごく複雑な構造で、変えていくのに時間がかかる。彼らから見たら遠いもの。」
関西学院大の稲増一憲教授―「ここ数年若者が政治を語る言葉を、我々の世代までの常識で理解してしまうと間違うのではないか」。学生に各政党のどれが保守でどれが革新かを訊くと、保守に共産党・社民党・立憲民主党をあげ、革新に維新・自民・公明をあげて、「維新の会は都構想とか何か新しいことにチャレンジしようというのが耳に入ってくる印象があって、自民党は憲法を変えるという意味で革新であるかな」などと答えていた。「かつての常識とは政党イメージが正反対なのだ。」(2)今回の参院選の低投票率(48.8%)―若者でも18才・19才の投票率はさらに低く31.33%(3人に1人以下しか投票していない)。そのうち比例代表を自民党に投票した人は、(共同通信の出口調査では)全世代平均では35.4%だが、18・19才は38.2%、20代は41.1%、30代は40.6%が自民党に投票した、ということで安倍首相は「まさに令和の時代を担う若い世代から強い支持を戴きました」と誇らしげ。
しかし、自民党の得票率は、比例代表で(有効投票総数に占める相対得票率では35%でも)棄権者も含めた全有権者に占める得票割合を示す「絶対得票率」では16.7%、一人区や複数区の選挙区でも(相対得票率では39.8%だが)絶対得票率では18.97%で、いずれも2割に満たない。安倍首相は「国民から力強い信任を戴いた」と言っているが、全有権者の5人に1人以下の支持しか得ていないのだ。(3)人々が持っている心情には、次のような相反する傾向があって、どっちかのタイプに分かれる。
[利己主義・独善主義・自分第一主義⇔利他主義・博愛主義]
[自慢(自己顕示欲)⇔謙遜・卑下]
[実利主義(現実を賢く立ち回る)⇔理想主義(未来志向)・正義感(バカ正直)]
[群れたがり(集団への帰属欲求)⇔孤独を愛し一人我が道を行く]
[権威主義・「寄らば大樹の陰」・「長いものに巻かれろ」・「勝ち馬に乗れ」⇔反権威主義・反骨精神]
[競争主義⇔協力主義]
[エリート主義⇔反エリート主義]
[反知性主義⇔知性主義]
etc
(当方の心情傾向は、どちらかといえば、いずれも後者の方だろうと、主観的に思っているが)前者の心情傾向を持つ人は、現政権に同調し、安倍首相が言い立てる「安定か、混迷に逆戻りか」の訴えに対して肯定的に受けとめ、自公の安定政権を支持する人がほとんどだろう。
自立(親離れ)に向かう青年心理には親や大人に対する反抗や激情(情緒不安定)、現実と理想の狭間で揺れ惑う苦悩・葛藤というものがあるのだろうが、やがて大人になって、心情はそれぞれ一定のところに落ち着く。そこまで至るには教育(学習)と社会生活の体験を積まなければならないのだろう。
若者の心情傾向は一般に、現状や権威に対して反抗的で、上に列挙した[ ]では後者の方に寄って当たり前と思われてきたが、今の若者は、以前とは異なり、前者の方に寄っている。いったい何故なのか、そのこと自体問題なのだが。(4)いずれにしろ選挙・投票に際しては、政治家の発言内容の評価・判断には(言っていることが正しいのかどうか、印象操作、それにフェイク情報も見抜き、ファクトを見極める)知性・知識が必要で、心情や感情だけで対応してしまうイメージ選挙やフィーリング選挙に陥ってはならない。自分の心情に合わないからという理由だけで反対を主張し訴えても説得力をもって人々に納得してはもらえない。客観的な根拠となる事実と論理がなければならない。それには知性・知識が必要なのだ。
(5)「安定か、混迷に逆戻りか」―旧民主党政権の下での「混迷」を「悪夢」だったとして、再びそこへ逆戻りしてよいのか、そんなことだったら、今の安倍・自公政権の方がいいに決まってるだろう―という、その言い方には人々を錯覚させる二つの作為がある。
第一に、民主党政権当時「混迷」があり、まさに「悪夢」というしかない事態があったことは事実だが、政権交代直前(麻生政権下)にアメリカから起こったリーマンショック(世界的な金融危機)、尖閣諸島沖中国漁船衝突事件(その後、石原都知事による島の購入計画があって、野田首相はそれを回避すべく島の国有化に踏み切った)、東日本大震災とそれにともなうフクシマ原発事故など、民主党政権にとってはいわば天から降って湧いたような不運な事態であり、あの時は、たとえ安倍政権だったとしても、混迷は避けられない事態だったろう。普天間基地の移設問題(鳩山首相が「最低でも県外」と言っていながらも、沖縄県内の名護市辺野古への移設を容認)にしても、TPP或は消費税増税法(5%から8%さらに10%へ)にしても、安倍政権は民主党政権が決断した方針を(撤回することなく)引き継いでやっているのだ。
第二に、安倍政権がめざしているのは「現状維持」などではなく、現行憲法改変(改憲)なのだ。「現行憲法の自主的改正」は自民党結党以来の党是だったにもかかわらず、歴代自民党政権は今日に至るまで明文改憲は控えてきた。自民党やその政治家には、この間、改憲の意図と衝動はあったとしても、大多数の国民はそれを望まず、野党もそれを阻んできた。政権が自民党でも、或は安倍政権でも長期「安定政権」を保ってきたのは、現行憲法をまがりなりにも維持してきたからにほかなるまい。
今回の参院選にしても、自公合わせて過半数が得られ、安倍政権が「勝利」して「信任」されたかのように言い立てているが、国民は改憲を容認したわけでないことは、投開票前後の世論調査などで明らかである(選挙後22・23日に実施した朝日新聞の調査では、「安倍首相に一番力を入れてほしい政策」を5択で訊くと「年金などの社会保障」が38%、「教育・子育て」23%、「景気・雇用」17%、「外交・安全保障」14%で、「憲法改正」はわずか3%。読売も「社会保障」が最も高く41%で、「改憲」は3%。そして「安倍政権の下での憲法改正」は、朝日新聞の調査では「反対」が46%で、「賛成」は31%。共同通信が同日実施した調査でも同じ質問に「反対」が56.0%で「賛成」32.2%を上回り、選挙期間中の世論調査に比べても「反対」が5ポイントも増えている。)自民党は勝利したというが、9議席減らしており、公明・維新を合わせた改憲派は、改憲発議に必要な3分の2を割っているのだ。
そのような「憲法改正」を安倍政権が強行に踏み切るとなれば、(憲法審査会→国会発議→国民投票へと)けっしてすんなりとはいかず、それこそ混迷は避けられまい。それこそ安倍政権にとって「安定か混迷か」が問われることになる。国民は安倍政権による改憲は望んでおらず、その改憲強行による混迷はさらさら望んではいないのだ。