米沢 長南の声なき声


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AIならぬ人間による民主主義―心情によるところ(加筆版)
2019年07月10日

 AI(人工知能)は人知には勝っても人の心(心情)はない。
政治―選挙―どの政党・候補者が最適かの評価・判断はAIの方が正確だから、AIに任せてしまったほうがよい。ならば人間の手による投票など無用、だとすれば民主主義も無用だ、ということになる。そんなことってある?
 どの政党・候補者が一番適任か、という場合、その評価・判断はそれぞれの政党・候補者の理念・政策・階層的立場・実績・人物(能力・人柄・規範意識‐ルールや道徳に忠実か)などに判断基準を置く。有権者・個々人はそれら政党・候補者の政策・人物などを自分でいちいち吟味して的確に評価・判断できるかといえば、多くの人は知識・情報・判断材料など充分持ち合わせず、また持ち合わせてもそれらをAIほどに的確に選り分ける能力は持ち合わせまい。ならば一層のことAI(データから割り出して評価・判定する人工知能)に任せて選んでもらった方がいいようなものだ
 しかし、政党・候補者の政策や力量を判定するに際して、AIは、「最大多数の最大幸福」ということで国に最大限の富や利益をもたらしてくれるか、といったようなことについては計算で的確に割り出すことはできるだろうが、国民の間の格差・貧困、或は自国ファーストによって他国が犠牲を強いられる結果になる、といったことについては計算外だったり度外視されがちとなる。そもそも数理的・論理的に正しい判断でも、人は心情的・道義的に正しくなければ納得しない。それゆえ、格差・貧困・犠牲などあってはならないという道徳的な心情(思いやりの心)を持った人間の手による民主主義でないと、やはりダメということになる。又、人間にはプライドという心情があり、一人ひとり自らがかけがえのない存在として尊重され、平等に決定に関わる手続きを経ない限り、たとえAIがどんなに優れた政治判断能力をもち客観的に正しい決定を導き出したとしても、人間はそれを(独裁政権による決定押し付けと同様に)正統なものと感じることができず、その決定に従う気にはならないだろう。
 いずれにしても、民主主義ということで選挙権年齢に達した全国民に一票づつ投票権を認めて選挙するという方法をとる限り人知によって選ぶしかないわけであるが、個々人にとっては、知性(政治的リテラシー)で判断するだけでなく、各自の心の中にある思い(心情)から、その政党・候補者の良し悪し(適否)を(自分の心情に合致しているかどうかで)評価・判断する部分が大きいだろう。その場合、人間の心情というものはAIなどでは割り出すことはできないわけであり、結局は各人の心情によって(心情に合っているかどうかで)政党・候補者は選ばれることになるんではないか。
 政党・候補者の側も、有権者には政策や公約などその考えを要領よく説明して理解・評価してもらうことよりも、むしろ心情(フィーリング)に訴えて心をつかむほうに力点をおく戦術をとることになる。

 「才智より出でたる行為は軽薄なり。心情より出でたる行為は篤実なり」という言葉(当方が奉職した私学の創設者の言葉)がある。但し、心情にも色々(喜び・悲しみ・怒り・楽しみ・愛憎・好き嫌い・快苦・プライド・不安・恐怖心、好奇心・探究心・協力心・公徳心・良心・正義感・思いやり・愛郷心・愛国心・博愛精神・反骨精神・義侠心・欲心・邪心・野心・野望・慢心・対抗心・敵愾心・功名心・嫉妬心・猜疑心・怨恨ど等)あり、善き心情もあれば、悪しき心情もあるが。

 心情で判断するとなると、「好き嫌い」「気に入る、気に食わない」などの感情に支配された判断となり、合理的選択(必要なあらゆる事柄を網羅した知識・データに基づく客観的な評価・判断)とは言えないことになるが、AIならぬ人間による民主主義である限りそうならざるをえないわけである。

 心情(思い)というものは、その人のうまれ育ちや境遇から生じるものと思われる。
安倍首相の祖父・岸信介は太平洋戦争開戦当時の東条内閣の大臣で、敗戦直後戦犯容疑で逮捕され、東条は死刑となったが彼(岸)は釈放され、公職追放解除後政界に復帰して自民党の首相となって、憲法の制定し直し(改憲)と日米安保条約の改定(結び直し)をめざした。安保の方は目的を果たしたものの退陣に追い込まれた。当時、大学1~2年生だった当方は、全国的に盛り上がった安保反対の集会・デモに参加し、「岸内閣打倒」を叫んだりしたものだ。安倍首相はその孫で、当時子供だったが、長ずるに及んで祖父の意思を受け継いで安保推進と改憲に執念を燃やすことになった。それも彼の心情から発しているわけだ。その彼は、当方にとっては心情的に「宿敵」みたいなもの。だから当方がひいきする政党・候補者はアンチ安倍自民党で、その中でも一番鋭く対決している政党・候補者ということになる。

 政党支持率で一番高いのはその自民党で、中でも世代別でいちばん自民党支持率が高いのは若年層(18~39歳)ということだが、いったいどうしてなんだろうか。彼らは、いったいどんな心情(気持ち)で彼らを支持しているんだろう。やはり「よくわからないし、他にいい政党はなさそうだし、自民にしておくか」というわけか。
 テレビやネットのニュースでは、一見いかにも華々しくやってるかのように、またスピーチや答弁も「弁舌さわやか」で「そつなく」やっているかのように表面上見えるので、「いいね!」「いいじゃない」となるわけか。
 しかし、それは当方にとっては、とても納得がいかない。当方が彼らを心情的に嫌いで気に食わない理由は
 ①その政策は、結局は「恵まれている人や財界・大企業本位」で、税金も大企業や富裕層を優遇、庶民には消費税を増税。
 ②権力とカネ(企業団体献金と政党助成金の圧倒的な資金)に物を言わせた広報宣伝力(NHKニュース、民放CMなど利用)。
 ③優勝劣敗(能力の勝る者が勝ち、劣る者が負ける)競争を肯定(負けるのは自己責任で、その結果格差・貧困が生じるのは「しかたのない」こと)。エリート・勝ち組意識(優越感)から上から目線で傲慢・横暴(多数の力に物を言わせて押し通す)。党所属議員や官僚には忖度させる(暗黙のうちに「総理の意向に」沿うように仕向ける。
 ④ごまかす(答弁・説明は言葉巧みにごまかし、都合の悪い文書は隠ぺい・改ざん)。
 ⑤「強き(アメリカ)を助け、弱き(韓国・北朝鮮)をくじく」外交。
 このような自民党に対して、その対極にあって、昔から権力とそれに逆らえずに同調するマジョリティー(多数者)の側からは「嫌われ者」とされてきた政党のほうに、むしろ共感を覚える、それが当方の心情なんだな。なにしろ、戦前から恵まれない庶民を味方し、国民の自由・人権平等と主権在民・反戦平和を主張し、迫害・弾圧を受けながらも踏ん張り通した「不屈の精神」。それもさることながら、企業・団体献金はもとより、税金による政党助成金も受け取らない等、その愚直さがいい。

 どなたかの言葉で「選挙とは、端的にいえば『ひいきのチーム』や『ひいきの候補者』に一票を投じる行為」で、「観戦するだけでなく参戦」することだ、と朝日新聞の『天声人語』に書いてあった。投票に行かずに棄権すれば現政権を(そのままでよいと)容認したことになるわけだし、そんなことにならないように、「参戦」しなくちゃ。

 株の取引きや投資などに必要なのは知的合理的判断力で、それらはAIに任せて済ませることができるが、政治家・政党を選ぶ投票となると、それには心情的・道徳的判断力も必要なので「心」というものを持った人間の判断でやるしかないわけである。

 『アベ政治を許さない!』『なんとかさんなね!』
 これらの言葉も心情から発したものと思われるが、さて、選挙では、どの政党・候補者に投票するか、その判断も、このような心情に決定づけられる部分が大きいだろう。
 当方が心情的に共感する政党・候補者は、といえば・・・・要するに「弱きを助け、強きをくじく」そんな政党かな。


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