米沢 長南の声なき声


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徴用工問題 (加筆版)
2018年11月18日

徴用工とは―朝鮮半島が日本統治下にあった戦時中に日本本土の工場や鉱山などに労働力として動員された人たち。動員は、日本の企業による募集や国民徴用令の適用を通じて行われた。当時の公文書や証言から、ときに威嚇や暴力を伴ったことがわかっている。
 
 1965年、日韓国交正常化にともない、両政府間で日韓請求権協定―日本が韓国に経済協力金(無償3億ドル、有償億ドル)を供与し、両国とそれぞれの国民間で「請求権」の問題を「完全かつ最終的に解決されたことを確認」と明記。日本政府はこれに基づき、徴用工問題は解決済みとの立場。

 1991年日本では参院予算委員会での「請求権」問題に関する質疑で、当時の柳井外務省条約局長が「これまでのいわゆる請求権の処理の状況につきまして簡単に整理したかたちで御答弁申し上げたいと存じます」として次のように述べている。「日韓請求権・経済協力協定の2条1項におきましては、日韓両国及び両国民間の財産・請求権の問題が完全かつ最終的に解決したことを確認しておりまして、また第3項におきましては、いわゆる請求権放棄についても規定しているわけでございます。これらの規定は、両国民間の財産・請求権問題につきましては、日韓両国が国家として有している外交保護権(外国において自国民が身体や財産を侵害され損害をうけた場合に、国がその侵害を自国に対する侵害として相手国に対して国家責任を追及し外交的手続きを通して適切な救済を求める国際法上の権利―引用者)を相互に放棄したことを確認するものでございまして、いわゆる個人の財産・請求権そのものを国内法的な意味で消滅させたというものではないということは今までも御答弁申し上げたとおりでございます。これはいわゆる条約上の処理の問題でございます。また、日韓のみならず、ほかの国との関係におきましても同様の処理を条約上行ったということはご案内の通りでございます」と。

 1997年、元徴用工2人が戦時中そこで働いた新日本製鉄・現新日鉄住金に対して補償を求めて日本の裁判所に訴訟を起こした、その際の判決は「日韓請求権協定で個人請求権は消滅した」として敗訴、2003年最高裁で敗訴確定。
 
 韓国政府は2005年には、協定が定めた経済協力金には徴用工の補償問題解決の資金も含まれるとの見解を発表。元徴用工の補償は韓国政府が取り組むべき課題とした。その見解を踏まえ、自国の予算で元徴用工や遺族を支援する道を開いた。そして約22万6千人を被害者と認定し、約6200億ウォン(約620億円)を支給。しかし、こうした支援策に不満な元徴用工やその遺族は訴訟に向かった。
 日本の裁判所で敗訴した二人は、他の2人と同社・新日鉄住金を相手どって韓国の裁判所に提訴。韓国の裁判所は、1審(ソウル中央地裁)・2審(ソウル高裁)で、日本の裁判所が出した判決は韓国でも効力を持つと指摘。原告の主張を退けた。これは韓国政府の見解にも沿った判断だった。
 ところが、韓国最高裁は2012年、「日本の判決は、植民地時代の強制動員そのものを違法とみなしている韓国の憲法の核心的価値と衝突する」と認定。当時の労働実態は「不法な植民地支配に直結した反人道的な不法行為」だと指摘し、請求権協定によって個人請求権は消滅したとは見なせないとして、1審・2審破棄、控訴審に差し戻した。これを受けて13年ソウル高裁は同社(新日鉄住金)に請求通り計4億ウォン(1人1億ウォン)の賠償を命じたが、新日鉄住金は不服として上告した。
 先日(10月30日)の韓国大法院(最高裁)は、その上告審で、個人の請求権を認めた控訴審判決を支持し、同社の上告を退けた。これにより、同社に1人当たり1億ウォン(約1千万円)を支払うよう命じた判決が確定することになったわけ。
 韓国最高裁は日韓請求権協定の交渉過程で日本政府は植民地支配の不法性を認めず、強制動員被害の法的賠償を根本的に否定したと指摘し、そのような状況では慰謝料請求権(未払い賃金や補償金ではなく、植民地支配と侵略戦争の遂行と結びついた日本企業の反人道的な不法行為・強制動員に対する慰謝料)は請求権協定の適用対象に含まれると見なすことはできないとした。
 これに対して日本側が反発。河野外相は「請求権協定に明らかに違反し、両国の法的基盤を根本から覆すものだ」と抗議。安倍首相は「判決は国際法に照らして、あり得ない判断だ」と批判。一方、韓国政府は「司法判断を尊重し、被害者たちの傷が早期に最大限治癒されるよう努力していく」とする政府声明文を発表。

 14日の衆院外務委員会―日韓請求権協定(第2条)についての1991年参院予算委員会における柳井外務局長答弁(「個人の請求権そのものを国内法的な意味で消滅させたというものではない」と答弁したこと)「これは間違いないか」との質問に対する河野外相の答弁―「(請求権協定によって)個人の請求権が消滅したと申し上げるわけではございません」と。つまり個人の請求権は消滅していない。だとすれば元徴用工が住金に賠償請求する実体的な根拠はあるということであり、請求権協定違反には当たらないということになる。
 また、同質問者が、原告が求めているのは朝鮮半島に対する不法な植民地支配と侵略戦争に直結した不法行為を前提とする強制動員への慰謝料だと指摘。日韓請求権協定の締結に際し韓国側から提出された8項目の「対日要求政綱」の中に「慰謝料請求権は入っているのか」とただし、92年3月の衆院予算委員会で柳井条約局長が「慰謝料等の請求に」は「いわゆる財産的権利というものに該当しない」と言明していたと指摘。日韓請求権協定で個人の慰謝料請求権は消滅していないということではないか」とただした。また、日韓協定と同年に制定された「大韓民国等の財産権に関する措置法」で韓国民の権利等を消滅させる措置をとったことに関連して柳井氏は、「(日韓請求権協定上)『財産、権利及び利益』について、一定のものを消滅させる措置を取ったわけでございますが、そのようなものの中にいわゆる慰謝料請求権というものが入っていたとは記憶しておりません」とも述べており、「個人の請求権は請求権協定の対象に含まれていないことは明らかではないか」との質問に対し、三上国際法局長は「柳井局長の答弁を否定するつもりはまったくない」「権利自体は消滅していない」と認めた。
 これらの質問によって①1965年の日韓請求権協定で個人の請求権は消滅していないこと、②韓国の「対日要求政綱・8項目」に対応する請求権協定には個人の慰謝料請求権は含まれておらず、慰謝料請求権まで同協定によって消滅したとはいえないこと、③日本国内で韓国国民の財産権を消滅させた措置法も、慰謝料請求権を対象とせず、措置法によって慰謝料請求権は消滅していないことが確認されたわけである。
 同質問者が、河野外相に「日韓基本条約及び日韓請求権協定の交渉過程で、日本政府が植民地支配の不当性を認めた事実はあるか」とただしたのに対しては、外相は「ないと思います」と答弁。ということは韓国最高裁が指摘した「植民地支配と侵略戦争の遂行と直結した日本企業の反人道的な不法行為・強制動員に対する慰謝料請求権は請求権協定の適用対象には含まれると見なすことはできない」としたことに反論はできないことになる。なぜなら、慰謝料は生命・自由・名誉などを侵された時、その精神的損害に対して支払われる賠償であり、謝罪を前提として支払われるべきものであって、何ら誠意ある謝罪の意志もなく、いわば「こっち(日本政府)は何も悪くないが、そっち(韓国政府)がカネを求めているから、それを『経済協力金』として『供与』した」などと、政府間ではチャラに済まされるとしても、当の被害者にとっては、それで済まされてはかなわない、となるだろうからだ。

 2007年4月、中国人強制連行被害者が西松建設に対して起こした訴訟で日本の最高裁は、1972年の日中共同声明(その中で中国政府の外交保護権は放棄)によって個人が「裁判上訴求する権利は失った」としながらも、それは「個人の請求権を実体的に消滅させることまで意味するものではない」として、日本政府や企業による被害の回復に向けた自発的対応を促す判断を下し、西松建設は被害者に謝罪し、和解金を支払っている。
 このように国家間では請求権問題は国家として持っている外交保護権は相互に放棄したとの協定や約定によって解決したとしても、個人の請求権はそれで消滅したわけではないとされ、そのことは個人の人権問題として国際人権法(世界人権宣言8条など)で重視―国家間の合意により、被害者の同意なく一方的に個人の請求権を消滅させることはできないとされていて、この点では日韓両政府及び両国最高裁ともすべて一致しているのである。
 この種の問題は、政府間の合意だけで済む話ではなく、当の被害者個々人が自らの人権にとって納得がいく仕方でなければ「完全かつ最終的に解決した」といにうことはならない、ということだろう。

 尚、朝鮮半島の日本による植民地支配については、1998年の小渕首相と韓国の金大中大統領が交わした「日韓共同宣言」で日本が「過去の一次期、韓国国民に対し、植民地支配により多大な損害と苦痛を与えた歴史的事実を謙虚に受けとめ、これに対し痛切な反省とお詫び」を表明している。小泉政権のときには、元徴用工らに「耐え難い苦しみと悲しみを与えた」と認め、その後もそれは引き継がれた、ということになっている。

 この種の問題では、とかく反日対反韓など民族感情のぶつかり合いになりがちだが、政府や政治家の言動がそれを煽るような結果を招くことなく、またマスメディアも、それに迎合・同調して世論誘導・ミスリードしてしまう結果になってしまうことなく、事実と道理に基づく理性的な論究が必要なのでは

 NHKも新聞各紙も安倍首相や河野外相の判決非難発言に同調し、日本政府の見解だけを伝えるか、その見解に沿った横並びの論調。
 朝日(10月31日付け)の社説は、05年のノ・ムヒョン政権の「請求権協定当時の経済協力金に、補償が含まれるとの見解」を受けて「韓国政府は国内法を整え、元徴用工らに補償した。国内の事情によって国際協定をめぐる見解を変転させれば、国の整合性が問われ、信頼性も傷つきかねない(つまり日本政府が出した経済協力金から補償金を配るのはあくまで韓国政府の責任である―引用者)」として、「日本の政府は、協定に基づいて韓国政府が補償などの手当てをしない場合、国際司法裁判所への提訴を含む対抗策も辞さない構えだ」としている。また植民地支配については「韓国併合の合法性を含め、日韓は国交正常化の際、詰め切れなかった問題がいくつかある」と指摘するに止まっている。韓国側に対しては「判決を受けて韓国政府は・・・・今後に暗雲をもたらすような判断は何としても避けるべきだ」と求める一方、日本政府に対しては「多くの人々に暴力的な動員や過酷な労働を強いた史実を認めることに及び腰であってはならない」としつつも、「政府が協定をめぐる見解を維持するのは当然」だとしている。
 その後(11月20日)朝日の世論調査では、「韓国人の元徴用工が、日本企業に損害賠償を求めた裁判で、韓国の最高裁判所は支払いを命じました。日本政府は補償問題は解決済みとして、韓国側に抗議しました。今回の判決で、韓国へのイメージはよくなりましたか。悪くなりましたか。変りありませんか」と質問し、「よくなった2、悪くなった53、変わらない41」との回答を。
 さて、如何なものだろうか。

 メディアの多くは、国家と国家の請求権の問題と個人の請求権は別で、個人の請求権は政府間の協定によって消滅したわけではないという論点については、この朝日も含めて、とりたてて論じてはいない。
 ところが朝日は、ここにきて11月23日付けのオピニオン&フォーラム「元徴用工判決を考える」で、3人の専門家の見解を取り上げている。
(1)竹内康人・近代史研究家の見解
 安倍首相は国会で朝鮮人の労務動員について「募集」「官斡旋」「徴用」があり、韓国大法院判決の原告は、募集に応じたものであり、強制ではなく自らの意思で働いた労働者であるかのように説明しているが、それは事実に反する。かれらはいずれも戦争遂行のための「強制動員」と呼ぶべきなのだ、として、次のように説明。
 日中戦争が始まって、日本政府は1939年、炭坑や工場などへの労務動員計画を立てた。日本の植民地だった朝鮮から政府の承認による募集で、42年からは朝鮮総督府が積極的に関与する官斡旋で、44年からは国民徴用令を発動し、国策による動員だった。割り当て人員を確保するため、初期の段階から行政や警察が関与、官斡旋では「掠奪的拉致」と記す報告もあり、「2年間訓練を受ければ技術を習得できる」などと甘い言葉で誘われた人もいて、執拗な人集めが行われた。募集や官斡旋で動員されても、職場から離脱できず、監視され、労務担当による暴行もあって、逃げれば指名手配され、見つかれば逮捕された。特定の鉱山や工場は軍需会社として政府によって指定され、そこの労働者を徴用扱いする「現用徴用」というやり方で、旧日本製鉄で働いた原告もその(「現用徴用」の)口だった、と。
 「不法な植民地支配によって労働を強制したことを認め、真相を明らかにし、被害者の尊厳を回復し、次世代に真実を伝えることが大切」。
(2)太田修・同志社大教授の見解
 日韓請求権協定は、植民地支配の責任を不問に付したサンフランシスコ講和条約の枠組みのもと、請求権問題を経済協力で政治的に処理した条約。これに対し、戦時に重大な人権侵害を受けた被害者が個人として直接救済を求める動きが、1990年以降に出てきた。
 韓国の強制動員被害者らが日本で提訴した裁判は「請求権協定で解決済み」との主張に阻まれ、企業に対する賠償請求は2007年までに最高裁で退けられた。協定の交渉過程を検証しようと外交文書開示を求める訴訟が韓国で起こされた。開示された文書を分析してみると、日本側には「過去の克服」の観点から問題が三つ―①1910年の日本による韓国併合に始まる植民地支配は「適法かつ正当だった」との前提で臨み、被害を与えた責任を認めなかったこと、②過去への償いを回避するため、請求権問題を経済協力で処理したこと、③植民地支配や戦争で人権を侵害された被害者の声を受け止めず、条約によって「解決」としたこと。
 協定締結当時は冷戦下で日韓ともに経済開発優先、強制動員被害者の声は韓国の軍事独裁政権に抑え込まれ、「過去の克服」はなされなかった。それが、2005年、ノムヒョン政権が日韓会談文書の公開を受けて「日本政府や軍が関与した反人道的不法行為は、請求権協定で解決したとは見なせない」と表明。元「慰安婦」やサハリン残留韓国人、在韓被爆者を協定の対象外とした。強制動員被害者(元徴用工)をめぐっては12年、大法院判決が「日本の判決は強制動員を不法とみる韓国憲法と衝突する」として日本の確定判決の効力を否定。今回の判決もその延長上にある。
 韓国政府や司法の変化は、植民地支配や侵略戦争の責任を問う考え方に加え、被害者の人権や尊厳回復を求める声の高まりを受けたもの。
 国家間の条約で個人の請求権を一方的に消滅させることはできないとして、人権、人道の観点で強制動員問題の解決をめざす取り組みは国際的潮流でもある。
 「解決済み」と言い続けても問題は解決しない。日本政府や企業は個人の被害に向き合い、国際基準にかなった過去の克服をめざす姿勢が求められている。
(3)奥園秀樹・静岡県立大准教授の見解
 大法院が一歩踏み出した背景の一つには、ムンジェイン政権が前大統領の弾劾と罷免という特異な過程を経て成立し、山積した過去の弊害の清算を看板に掲げていることがあり、政治の流れの中での判決となった側面があることは否定できない。それに、より大きいのは韓国の司法の特性。パクチョンヒなど軍出身の大統領の下では、司法は統治の道具として使われたが、87年の民主化後、司法は過去の反省から、政府にできない社会正義を実現する砦になるという使命感と国民の側に立つ意識が強くなっていて、今回の判決にも、その使命感が色濃く出ていると思われる。
 日韓国交正常化による「65年体制」は、韓国併合が合法か違法かは平行線のまま、現実的対応をしたが、判決はそのあいまいさを放置せず、正すことを求めているようにも映るだけに、65年体制を崩しかねないリスクを伴う。とはいえ、現時点までの日本政府の対応は少し行き過ぎに見える。「完全かつ最終的に解決済み」の一点張りでは韓国世論を刺激し、韓国政府の選択肢を狭めてしまう。
 日本の立場は、請求権協定で個人請求権は消滅しないが、外交保護権を互いに放棄している以上、個人の請求に国として対応できないというもの。それをきちんと説明し、理解を求めるべきだろう。(日本政府が被告企業に「解決済み」なのだから賠償や和解に応じるなと圧力をかけているともいわれるが、それこそ行き過ぎだろう―引用者)
 日本は騒ぎすぎず、韓国政府の出方を待つべき。

 というのが御三方の見解。さて、如何なものだろうか。


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