その論者とは井上達夫(東大大学院教授)・大沼保昭(東大教授)・小林節(慶大名誉教授)・伊勢崎賢治(東京外語大大学院教授)・今井一(ジャーナリスト)・加藤典洋(文芸評論家)。そのほか中島岳志(東京工業第教授)・高橋源一郎(作家)・池澤夏樹(作家)・田原総一朗(評論家)といった方々も、その具体論は明確ではないが、護憲的改憲の考えが見られるとのことだ。
彼らは、憲法9条(2項で戦力不保持・交戦権否認)と自衛隊の存在に乖離・矛盾があるにもかかわらず、自衛隊は必要最小限の実力組織であって9条2項の禁止する戦力ではないから違憲ではないと解釈してそれを最大限活用してきた歴代自民党政権をはじめとする自衛隊合憲論者(だが、諸国の軍隊並みに戦力として認められるように2項改正を目指す改憲派)を批判するとともに、自衛隊は憲法には違反していると解していながら自衛隊は有用・必要と認めている護憲派を「欺瞞だ」として両方を批判。そのうえで、改憲でも、前者のような集団的自衛権行使も海外派兵もでき、交戦権をもって戦争できる軍隊として認めるような改憲ではないが、2項を改正して、自衛隊を自衛のための戦力として認め、専守防衛(個別的自衛権)に限ってその武力行使・交戦権を認める(集団的自衛権の行使は認めない)ことを、あれこれの解釈の余地のないように新たに定めるべきだと説いている。
その問題点
(1)いずれも2項を改正して、自衛隊を戦力として保有と交戦権を認める改憲だが、2項の戦力不保持・交戦権否認条項は日本国憲法の3大原理で国民主権原理と基本的人権尊重原理とともに、改変してはならない改正限界をなす平和主義原理の核心となる(その命ともいうべき)条項であり、そこを改変してしまっては、その平和主義原理が損なわれてしまうことになる、という問題。
自衛隊はそもそも、この平和憲法が制定された後に冷戦における安保政策上の都合で作られて育成されてきたものであり、憲法の平和主義原理を損なうものであってはならないはずのもの。なのに、その憲法の条項が戦力不保持で交戦権否認となっていたにもかかわらず、自衛のための戦力と交戦権を認める改変を行うとなれば、平和主義の後退あるいは放棄ともなる。又、国に「自衛戦力」とはいえ戦力の保持と交戦権を認めるということは、国権(国の権力)の拡大につながる改変でもある。そのような改変は「現実を憲法に近づけさせようとする」のではなく、「憲法を現実に近づけさせようとする」ものであるが、それは単なる「改正」ではなく、憲法を根本から覆すものとなるわけである(河野元自民党総裁いわく「憲法は現実に合わせて変えていくのではなく、現実を憲法に合わせる努力をまずしてみることが先ではないか。憲法には国家の理想がこめられていなければならない」と)。
(高見勝利・上智大名誉教授は憲法改正発議の5つのルールを次のように提唱している―朝日5月30日「憲法を考える―視点・論点・注目点」
① 憲法は権力の制限規範なので、権力の拡大を目的としない。
② 権力の拡大につながる改正には、より厳格な理由が必要。
③ 目的達成のために、憲法改正しか手段がない場合に限る。
④ 条文を変える場合は、解釈では解決できない問題に限る。
⑤ 改正しても憲法の基本原理が損なわれない。
この護憲的改憲は③と④には適っているが、②と⑤には反していることになろう。)
(2)集団的自衛権の行使や海外での武力行使を容認するといったように解釈する余地のないように、はっきりと、そのようなことは認めないと明記する、とはいっても、「フルスペックの集団的自衛権行使は認められないが、限定的なら認められると解される」などと解釈されてしまう(現政府が閣議決定したように)。
(3)憲法に具体的に規定され明示されていなくても(憲法上認知されなくても)、立法によって合法的に成立・機能しているものはいくらでもある。警察(警察法)でも私学助成(私学振興助成法)でもプライバシー権や環境権(環境基本法)・災害対策(同基本法)でも。高等教育の無償化はわざわざ憲法を改正して明記しなくても、財政措置を整えさえすれば可能。
(4)アベ自民党などの改憲派(9条1・2項とも残しながら集団的自衛権行使や海外派兵・武力行使を解釈上容認する自衛権の明文化改憲)に対抗して、この「護憲的改憲派」がどんなに頑張っても国会議員選挙で3分の2以上議席を勝ち取るのは至難の業。その改憲目的は(自衛隊の武力行使は個別的自衛権・専守防衛の場合に限り)集団的自衛権行使と海外での武力行使はできないようにすることにあるのだとすれば、選挙で3分の2議席を勝ち取ろうといくら頑張ってみたところでどうせ取れないのだとしたら、そのような改憲(護憲的改憲)はわざわざしなくても、アベ自民党改憲に反対する護憲派と一緒に共闘して過半数議席を勝ち取れば、集団的自衛権行使容認の閣議決定を撤回し、戦争法(安保法制)を廃止することができるし、少なくとも3分の1議席以上は獲って自民党改憲を阻止することにエネルギーを傾注する方が現実的なのではあるまいか(目的を果たす上では)。
(5)まずいのは、それ(護憲的改憲)が、アベ自民党などの改憲派から護憲派の分断に利用されるだけでなく、国民の間に「『改憲してもいい』という空気づくりに利用される」(作家の中村文則氏)結果にもなりかねない、ということだ。