木村草太教授によれば「人間は、みな異なる個性を有するが故に、誰しもが何らかの意味で少数派である」と(『憲法の創造力』NHK出版新書)。
人々の間では、生活・生業を営む上での利害や社会的な立場(職業・業種・職階・地位・事業規模・職場・地域・資産・収入源など)によって階層が分かれ、或は信条(思想・宗教)・知的レベル(リテラシー)・身体的知的条件などによっても考えが分かれ、多数派と少数派にわかれる。
民主主義では多数派が多数決によって決定権・支配権を持つ。少数派はそれに従わされる。多数派(マジョリティー)は、国民による国家・産業経済・教育・文化の形成とそれらの制度・施策決定は多数派が(少数派をさしおいて)主導権をにぎる。
民主主義は構成員全員に参政権など決定参加権・選挙権が公平に認められるやり方で、どれに決めるかや誰を選ぶか分かれた場合は多数決で決まる。政治の場合は、政策・施策・法令の決定・執行、議員・首相・首長の選挙などに際し、それぞれが考える「国益」や「正義」に鑑みてどのような決定・執行が適切で、どのような政党・人物が最適任かの決定は、多数派―たとえば有業者・正社員・正職員・中高所得者層・健常者・「普通の善良な市民」意識と特有の民族意識と多神教(神仏混合)観念を持つ日本人など―の意思・判断で決まり、多数者=マジョリッティーに有利な決定・選出が行われる。少数派―非正社員・無業者・低所得貧困層・障害者・在日外国人・キリスト教徒・イスラム教徒など―はそのような多数派主導の決定に従い、彼らによる選出を認めざるをえず、決まったことには従うしかない。
しかし、少数派は、そこでただ諦めて、黙って引き下がるしかないというわけではなく、(多数派のその決定内容に納得し、反対意見・異論を取り下げることに承服できるならいざしらず)どうしても納得できないと思うならば、そのことを訴え続け、多数派の決定内容には間違いがある、自分たちは間違っていないと言い立て続けなければなるまい。そして、その多数派の権力と(言論や集会・デモなどで精一杯)闘わなければなるまい。
それが、抑え付けられ、締め付けを受けたり、弾圧・排斥されるようなことがあってはならないし、それは阻止しなければならない。
多数派とはいえ、彼らの皆がけっして同一・一様なわけではなく、それぞれ異なる人格や個性・人生・境遇を持ち、誰しもが何らかの意味で少数派なのだから。
今は少数派でも、粘り強いその闘いようによっては次第しだいに多数派に転じることもあり得よう。(幕末、開国派は少数派だったが、明治以後は多数派に転じたし、自由民権派は少数派だったが、大正デモクラシー時代を経て、戦後、現行憲法の下で、民主主義は当たり前のことになった。戦国時代は弱肉強食、織豊政権下では武力平天下で武力行使が当たり前だったが、徳川政権下では修身斉家治国平天下で、いわば平和主義が長らく続き、明治時代になって覇権主義・軍国主義が多数派に転じ、反戦平和主義は少数派で弾圧・迫害されたが、大戦後、平和主義が復活して、それが多数派に返り咲いている。)
自分は多数派で、今は少数派(マイノリティー)として扱われたり、目の敵にされるようなことがないからといって、権力に対して同調、或いはただ黙って無批判を決め込んでいると、やがては自分にも矛先が向けられないとも限らないのである。木村草太教授は(冒頭の引用文の前に)「例えばキリスト教徒が多数を占める国で、ムスリムや仏教徒が弾圧されれば、キリスト教内での少数派は『次は我々かもしれない』と思うだろう」と書いているが、そういえば、第2次大戦中ドイツのルター派キリスト教会の牧師マルティン・ニーメラーという人(ナチス支配への抵抗運動で逮捕され強制収容所に入れられたが、処刑寸前ナチスの崩壊で生還)が大戦直後に告白していわく。「ナチスが共産主義者を攻撃した時、自分はすこし不安であったが、とにかく自分は共産主義者でなかった。だから何も行動に出なかった。次にナチスは社会主義者を攻撃した。自分はさらに不安を感じたが、社会主義者でなかったからなにも行動に出なかった。それからナチスは学校、新聞、ユダヤ人等をどんどん攻撃し、自分はその度にいつも不安を感じましたが、それでもなお行動に出ることはなかった。それからナチスは教会を攻撃した。自分は牧師であった。だから行動に出たが、その時はすでに遅かった」と。
大多数の善良なる市民にとってはオリンピックは楽しみだし、テロ等の治安対策は必要で、「共謀罪」とか「テロ等準備罪」とかの組織犯罪処罰法もGPS捜査も、安全・安心のためには、そういったものがないよりはあるにこしたことはない、それに反対するのはテロリストや犯罪者に付け込む余地を与えるようなものだと言って反対派を批判する向きもあるが、自分が「善良なる市民」だから関係はない、だから、市民が官憲からたえず監視されようと、いちいち尋問・捜査されようとかまわないというのだろうか。自分は「善良なる市民」だと思っても、それは手前勝手な思い込みにすぎず、「はたして善良かどうか」を判断するのは官憲なのである。
自分にどんなことがあっても、最後まで守り続けてくれるのは多数派の仲間・同志ではない。守ってくれるのは憲法なのである。それには「すべての国民は、個人として尊重される。生命・自由および幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で最大の尊重を必要とする。」と定められている。
しかし、それが改憲されて「全ての国民は、人として尊重される。生命・自由および幸福追求に対する国民の権利については、公益及び公の秩序に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大限に尊重されなければならない。」などと変えられれば、そういうわけにはいかなくなってしまう。
「個人として尊重され」「公共の福祉に反しない限り」というのと、「人として尊重され」「公益及び公の秩序に反しない限り」というのとでは、人権の扱いが違ってくのだから。(「個人として」という場合は、一人ひとり他の人とは異なる個性を有し代替がきかない(かけがえのない)存在として尊重されるということなのだが、それに対して「人として」という言い方になると、人間として他の動物とは代えられないが他の人間となら代えられる(人材・人員)ということになり、「尊重される」といっても重みが違ってこよう。(安保で、沖縄など基地住民は忍従を強いられ、有事の際は犠牲をも強いられるもする。)
また、前者の「公共の福祉に反しない限り」という人権制約は、自分の人権が価値において同等の他の人の人権と衝突する場合、例えば「表現の自由」といっても、その表現がある人のプライバシーの侵害や名誉棄損になるといった個人と個人の間に生じる具体的な問題で互いに人権を損ない迷惑をかけるということのないように気を付けなければならないという調整的な制約なのだが、後者の「公益及び公の秩序に反しない限り」というと、それは「公益」(国家や地方公共団体の利益)とか「公の秩序」とか公権力が関わるものとなり、公権力による制約となってしまう。例えば、沖縄の基地建設反対運動が(彼ら沖縄の住民とそれを支援する市民は全国民のうちの少数派であるかもしれないが)安保・国防など(多数派から支持された)国家権力の立場から出動した警察官や防衛施設局の役人によって無慈悲に弾圧され、それが憲法上合法化されることになってしまう。
今、沖縄平和センターの議長(山城氏)が、沖縄の米軍北部訓練場の施設の建設現場近くで、防衛局の職員の肩を揺さぶり怪我を負わせたなどとして傷害や公務執行妨害などの罪に問われ、逮捕されて5か月にわたって拘留されたが、国際人権団体(アムネステイ・インターナショナル)が人権侵害だと指摘していた。それが17日の那覇地裁の公判で山城氏は「防衛局が反対派のテントを撤去しようとしたのは違法であり、傷害罪の事実はなく、長期にわたる拘留は不当である」と無罪を主張している。現行憲法下でさえもだ。
「個人」とは、世界でただ一人(オンリーワン)の最小限の少数派にほかならない。その権利は、守られなければならず、主張すべきは主張しなければならないのである。