米沢 長南の声なき声


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9条の会Vs日本会議(再加筆修正版)
2017年01月01日

 人々のイデオロギーを実利・情動派イデオロギーとそれに対する良識派イデオロギー(実利派側から言わせればキレイゴト派)とにわけ、その対立関係(その場合のイデオロギーとは政治や社会に対する意識・観念の持ち方、物の見方・考え方・感じ方)として考えてみた(但し、それは、人は二つのどちらか一方だけではなく、誰しもが両方とも持ち合わせているのだが、傾向的にどちらかが多い・少ないの違いがあり、その人は、どちらかとえば、実利・情動派イデオロギーの方が勝っているとか、良識派イデオロギーの方が勝っているということだ)。
 実利・情動派イデオロギーとは、実利主義(目先の利益を優先)・情動主義(理性や知性よりも感情や情緒・情念で動く―非合理主義)・自由競争(優勝劣敗)主義・愛国主義・権威主義(権威や伝統を優先)・自国第一主義・軍事主義(力に頼る安全保障)などのイデオロギー傾向(タカ派トランプ・タイプ?)―これらは国民階層では、どちらかといえば上層(大株主・資産家・実業家)・中間層(小株主・中小業者・管理職・専門職・正社員、格差拡大によって下層に転落しかかっていながらも、中流意識を持ち続け、下層と一緒にされることを嫌う)の意識に即したイデオロギー傾向。
 それに対して良識派イデオロギーとは、理性主義(合理主義・理想主義)・ヒューマニズム・権利平等主義・博愛主義・共同主義・協和主義・非軍事的平和的安保主義などのイデオロギー傾向(ハト派サンダース・タイプ?)―どちらかといえば中間層でも良識派と下層・底辺層(米欧ではマイノリティーや移民も)の意識に即したイデオロギー傾向。
 この二通りのイデオロギーの対立関係に即して9条の会Vs日本会議の対抗関係を考えてみた。

 9条の会は、その先駆としては1991年に米国の退役軍人でオハイオ大学名誉教授のチャールズ・オーバービー氏がオハイオ州アテネで発会し、それに共鳴した中部大学副学長の勝守寛(故人)が1993年9条の会「なごや」を発会したのを皮切りに全国に地方組織ができるようになった。そして本格的には、2004年大江健三郎・澤地久枝・梅原猛ら9人(故人となった井上ひさし・加藤周一・小田実・奥平康弘・三木元首相夫人)が呼びかけ人となって、文化・科学・宗教・医療など各分野ごと、或は地域ごとに全国各地に9条の会ができるようになった市民団体である。
 それに対して日本会議は、
   源流―1970年前後、「成長の家」(戦前、谷口雅春が創始した新興宗教の教団)系の学生全国組織(生学連―全学連や全共闘など新左翼系学生セクトと対峙)が全国学生自治体連絡協議会を結成、そのOBら(椛島有三氏ら)が日本青年協議会を結成。左翼運動の手法(草の根運動のテクニック)に倣い、学びとりつつオルグや組織拡大。
   1974年「日本を守る会」―臨済宗円覚寺派管長・生長の家総裁・神社本庁事務総長ら主な伝統宗教と新宗教のトップたちが、冷戦下、反共・反左翼それに反創価学会という共通の問題意識から創設(椛島氏が事務局に加わる)。
   1981年「日本を守る国民会議」―作曲家・明治神宮権宮司・東工大教授・東大名誉教授・日本医師会会長・ソニー名誉会長・日経連名誉会長ら文化人・財界人が改憲を第一目標に創設。
   1997年「日本会議」―「日本を守る会」と「日本を守る国民会議」統合して設立。
  現在、有料会員38,000人
  豊富な資金力―会費収入だけで3億8,000万円、その他に団体・法人の協賛金や広告収入。
  宗教団体が下支え―神社本庁を軸とする神道系(その神社8万社以上)、伝統仏教系、「生長の家」など戦前に創設された新興宗教団体など―集会などへの動員、署名集め等で(但し、「生長の家」本部は1983年には政治活動からは手を引き、今は安倍政権支持もやめている)。
  その役員
   会長―田久保、 副会長―田中恒清・安西愛子、 名誉会長―三好(元最高裁長官)
   代表委員―石原慎太郎・長谷川三千子・尾辻(日本遺族会会長・国会議員)その他役員には多くの宗教者が名を連ねている(伊勢神宮大宮司・神社本庁総長・黒住教教主・佛所護念会教団長・念法眞教燈主ら)
   事務局―椛島(事務総長)ら(元「生長の家」の学生運動組織を母体とした日本青年協議会の出身者)
  各都道府県本部と250地域支部
 
  自民党の集票力になっていて、日本最大の右派の統一戦線組織となっている。
  そのイデオローグ(理論家)―高橋史朗(明星大特別教授・「新しい歴史教科書をつくる会」副会長)・百地章(日大教授・憲法学者)・伊藤哲夫(日本政策研究センター代表で安倍首相のブレーン)ら
  この日本会議には神社本庁が主導して1969年に結成された神道政治連盟が重なり合い、政治目標も役員も重なり合っている。
  その主たる政治目標―皇室と伝統文化の大切にする国柄をめざして新憲法を制定すること、国の安全を高め世界平和へ貢献を目指すこと、日本の感性を育む教育の創造などのこと。
  基本運動方針―①皇室の尊崇、②改憲―自主憲法制定、③国防の充実、④愛国教育の推進、              ⑤伝統的家族観の復活。
  その歴史認識―先の戦争を大東亜戦争と称し、自衛・アジア解放の戦争として肯定、東京裁判を否認(敗戦を「日本は頑張ったが惜しくも負けた」と。しかし、1945年9月の天皇とマッカーサーの米国大使館での会見は「敗者として征服者の前に出て行く」それは国の主権と天皇・皇室の存続という生殺与奪の権を外国政府に委ねさせられたのは後にも先にもなかったことで、昭和天皇にとっては恐怖と屈辱、そんな事態を引き起こした責任は、対米戦に勝てる見込みがないとの予測を知りながらそれを無視した東条ら戦争指導部にあるのに、日本会議はそれを不問にし、むしろ正当化し、東京裁判を不当だとして彼らを「昭和殉難者」だとして擁護―山崎雅弘)。
  その憲法観―現行憲法は占領軍による押しつけ憲法、「諸悪の因」だとして全面的に否定、自主憲法制定をめざす。         
    天皇を元首化、9条2項削除・自衛隊明記、家族条項―戦前・戦中の家族観復活

 そして、それぞれに議員連盟「日本会議国会議員懇談会」、「神道政治連盟国会議員懇談会」が結成されている。
  前者(日本会議議連)の所属議員は衆参議員の4割、そのうち9割は自民党議員だが、民進党・維新の党・日本のこころの党などにも数名。安倍首相は特別顧問、閣僚の大多数はこの議連に所属。
   議連は、日本会議とは合同役員会などで協議、日本会議の要求・政策を国政に持ち込む活動。
  各県の地方議員連盟もあり、地方議会で改憲を求める意見書や請願書採択運動に取り組んでいる(35都府県、 56市町村で採択)。
  後者(神道政治連盟議連)の会長は安倍首相で、事務局長は稲田防衛大臣、閣僚は公明党大臣以外は全員所属。

 日本会議には、その改憲別働隊ともいうべき「美しい日本の憲法をつくる国民の会」(共同代表に桜井よし子・田久保日本会議会長・三好同名誉会長、事務総長に打田神道政治連盟幹事長)というものが結成されており、「一千万賛同者拡大運動」と称して改憲署名運動を展開している(一部の神社では、初詣などの機会を利用して境内で署名を集めているという。署名は16 年7月末で754万筆達成)。
 全国縦断キャラバン隊―各県を回り改憲を訴える。
 映画「世界は変わった、日本の憲法は?」(百田・桜井よし子氏ら製作)上映運動。

 尚、今、天皇の意向で生前退位を可能とする方法がないかどうかに関して検討する首相の私的諮問機関として「有識者会議」がもたれており、その委員6人の他に、意見を聴く(ヒアリング)16人の専門家も選任されているが、その半数は日本会議系メンバーである(桜井よし子・八木秀次・渡部昇一ら)。
 運動の成果
  1979年 元号法制化、
  1986年 高校歴史教科書『新編日本史』→『最新日本史』2012年検定合格へ、
  1999年 国旗・国歌法の制定、
  2001年「新しい歴史教科書をつくる会」作成の教科書が検定合格へ、
  2007年 教育基本法改定、育鵬社版などの歴史・公民教科書採択、
        改憲憲手続法(国民投票法)成立、
  2016年 伊勢志摩サミット出席のG7首脳が伊勢神宮に正式参拝。
 今後の課題―靖国神社の国営化(天皇・首相・閣僚の公式参拝)、改憲(自主憲法制定)

 しかし、現天皇自身の考えは―いわく「大日本帝国憲法下の天皇の在り方と日本国憲法下の天皇の在り方と比べれば、日本国憲法下の天皇の在り方の方が、天皇の長い歴史を見た場合、伝統的な天皇の在り方に沿うものと思います」と(2009年4月、天皇・皇后結婚50年の記者会見)。

 9条の会は良識派で、日本会議は実利・情動派というわけだが、9条の会も日本会議もともに、指導層は別として、それぞれに一般庶民が結集し「草の根」運動として運動が展開されている。
 庶民(筆者もその一員だが)は「庶民感情」とか「庶民感覚」とか、知識(事実)や理屈(論理)にとらわれずに感情や直観で判断し行動する。どちらかといえば、後者(日本会議)には「反知性主義」の考えから、知識や理屈をむしろ「余計なもの」として軽視して、それらにはまったくとらわれずに、自分がそう思う(それが正しいと信じる)から、そうなのだと断じる傾向があるように思われる。

 日本会議には神社本庁や「生長の家」系その他の宗教団体が主要な構成団体をなし、それらの指導者の教えを信じる熱心な信者ではなくても、家内安全や五穀豊穣・商売繁盛などの御利益を祈願して賽銭を投じるように、神社本庁や教団が薦める政党・候補者に投票して御利益にありつければそれにこしたことはないという気持ちを持つ庶民が引き付けられているように思われる。
 或は「好きなものは好き、嫌いなものは嫌い」で、アメリカは好き、中国・ロシアは嫌い、といったように、感情で判定する向きも。
 もっとも、9条の会の側にも、「戦争はやんだ」、嫌なものは嫌なんだ、だから9条を守るんだ、といったような庶民感情・庶民感覚もあるわけである。
 しかし、日本会議になびく庶民も「戦争は嫌だ」、「誰だって戦争が好きだなんて思う者はいまい」というが、日本に強力な(或いは軍として正式に認めた)自衛隊と緊密な日米同盟があるかぎり日本は大丈夫だとか、自分たち日本人が大勢殺されることなどあるまい、などと安易に考える向きが多いのでは(?)。そこに過去の歴史や実態を知らない無知・無理解、或は知ろうとしない反知性主義がこの派の庶民には多いのでは、と考えられる。

 この国と我ら日本国民の将来を決する憲法をめぐるイデオロギーの闘いは「9条の会」派と「日本会議」派の対決と考えられる。日本会議派は、先ずは憲法審査会で9条に至るまで改憲項目を決めて改憲案を過半数賛成で決定していって、それらを国会にかけて3分の2以上賛成で発議、国民投票に持ち込もうとする。9条の会は、それを阻止しなければならないが、阻止し切れれずに、国民投票に持ち込まれれば、そこで最終決戦となる。その「草の根改憲運動」は反対派を圧倒的に凌駕する勢いを持ちつつある。
 但し、同じ巨大宗教教団でも、創価学会のような熱心な信者の数と宗教的信念に裏付けられたパワーに比べれば、その比ではあるまい、とも。一部の有力神社以外には神主でもその大多数は会社員や公務員と兼業で、政治活動する余裕はない(署名簿を境内に置いたり、選挙で誰かを応援するにしても、なんとなくやっているだけ、とか)。氏子は、幹部でさえも、地域の共同体の核としての神社を崇敬し、その維持管理に協力しているだけで、神社本庁の信者ではない。また、議員が神道政治連盟の議連に所属はしていても、「お付き合い」とか神社のお祭りに顔を出して「顔を繋ぐ」だけ、ということで、いずれも、その関わりはそんなに深いわけではないと見られる。
 しかし、いずれにしろ、そもそも9条の会は単なる「市民団体」に過ぎないが、日本会議は現実政治に影響力をもつ(その理念や政策を現実政治の場に具体化していく)ロビー団体なのであり、このような日本会議の攻勢に9条の会派は抗しきれるのだろうか。

 <参考文献>―山崎雅弘著『日本会議―戦前回帰への情念』集英社新書
        菅野完著『日本会議の研究』扶桑社新書
        青木理著『日本会議の正体』平凡社新書
        週刊紙「AERA」1月16日号


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