米沢 長南の声なき声


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短絡的な脅威論と抑止力論(加筆版)
2015年08月01日

 安倍首相は「安全保障環境の大きな変化に中で、我が国のみで日本を守りきることはできない。同盟関係をより機能させることで抑止力を強化し、事前に戦争を防いでいく。」「中国は急速な軍拡を進めている。27年間で41倍に軍事費を増やしている(筆者―それは文革の大混乱後の改革開放初期、極めて低水準にあったところからスタートした軍事費の増加率で、過去10年間では4倍。日本の防衛費も高度成長期には10年間で4倍だった)だからこそ、日米間で同盟関係をしっかりと強化し、抑止力を確保していく」と述べ、尖閣諸島周辺での頻繁な領海侵入などに触れて「活発な活動を展開している」と。また中谷防衛大臣は「北朝鮮は日本の大半を射程に入れる数百発もの弾道ミサイルを保有している」と。
 つまり、安保関連法案が今必要なのは、安全保障環境が大きく変化しているからで、とりわけ中国・北朝鮮の脅威それにイスラム過激派などテロ組織の脅威も増しているからなのであって、この新たな法案で米国などとの軍事的な連携が深まれば、これらの国や勢力が日本を攻撃するのを思いとどまらせる「抑止力」を高めることができるようになるからだというわけ。

 尚、「27年間で41倍に軍事費を増やしている」というが、それは文革の大混乱後の改革開放初期、極めて低水準にあったところからスタートした軍事費の増加率で、過去10年間では4倍。日本の防衛費も高度成長期には10年間で4倍だった。
尖閣諸島海域への頻繁な領海侵入は、中国が同諸島の日本による実効支配は認めつつも領有権は「棚上げ」という合意があったにもかかわらず、日本側(石原都知事~野田首相)がそれを覆して国有化してしまったという反発から始まった。「公船」を繰り出しているといっても、日本の海上保安庁の巡視船と同様の「海警船」で、軍艦まで出しているわけではなく、互いに軍事行動でない警察行動にとどまっている。(そこに海上自衛隊が出て行けば、向こうも海軍を出してくることになるのだろうが。)
 東シナ海のガス田も福田首相当時、両国共同開発の合意があったものを、中国漁船衝突事件をきっかけにそれが中断して、この間に日中首脳会談もないまま一方的に掘削施設建設を進めていたという経緯がる。
 また、南シナ海は日本が第一次大戦から南沙・西沙諸島とも占領し続けてポツダム宣言で放棄したものの、帰属先があいまいにされたため、その後、周辺諸国の間で領有権争いが生じ、中国が実効支配を(岩礁埋め立てはベトナム・フィリピンも中国に先んじてやっているのを)制しようとしているが、ASEANと中国の間で武力行使・威嚇の禁止、平和的解決を合意しており、法的拘束力を持つ「南シナ海行動規範」を策定しようと協議を重ねてもいるのだ。(デニス・ブレア米太平洋軍元司令官は4月外国特派員協会で、南シナ海について、対立は統治権をめぐる紛争であり、海域全体についての規制、油井掘削船の配備などであり、軍事対立よりもはるかに低い水準。どの国も、軍事対立へのエスカレートを望んでいない、と発言しているとのこと。)
 米中関係、日中関係も同様だが、貿易・経済・金融・人的交流など相互依存関係にあり(日本企業は中国に4万社以上が進出し、中国は日本にとって米国に次ぐ第2の輸出先であり、第1の輸入元で、貿易総額では米国を上回る第一の貿易相手)、戦争など起こして一方が倒れたら、他方も一緒に倒れることになるのだから、(「やれ!やってしまえ!」などといくら煽っても)戦争などできる状態ではないのだ。
 5日の参院特別委員会で、大門議員(共産)の質問に、中谷防衛大臣は「中国を含めて特定の国を脅威とみなし、軍事的に対抗していく発想にはない」と答弁し、岸田外務大臣も「日本政府は中国を脅威とは見なしていない」と明言。
 いずれにしろ、中国がどうのこうの、北朝鮮がどうのこうのと安全保障環境が変化しているというこのような指摘は、状況の変化を大まかに説明しているにすぎず、そういう状況があるからといって、我が国がそれら(中国や北朝鮮、過激派テロ組織)から侵略・攻撃される蓋然性があるのかと言えば、その恐れ(脅威)を感じられるとか、懸念(心配)されるとか、ことによったらそういうこと(我が国への侵略・攻撃)もあるかもしれないという一つの可能性として考えられはしても、自然災害のようにいつか必ず襲来するという必然性などあり得ないし、なんらかの理由によって我が国にそのうちいつか必ず侵略・攻撃を仕掛けてくるに違いないという蓋然性とその根拠は何も示されてはいない。つまり、そのような状況があるからといって、なぜそれが即我が国への侵略・攻撃に結びつくのか、その根拠となる理由{①日本に対して侵略・攻撃をしなければならない理由・必要性、②侵略・攻撃を可能とする能力(軍備)を持つ、③その意思があること、等}だが、そのうち③(軍備)は持ったとしても、そのこと以外には具体的な事実は何も示されていないのであって、脅威イメージで論じているにすぎないのである。その「脅威」論は安倍首相をはじめ安保法案肯定派の政治家とNHKや読売・産経などのマスコミによって何度も吹聴され(煽られ)るうちに、それが反中・反北朝鮮感情とも結びついて先入観・固定観念となって、まるで今にもそれらが攻撃を仕掛け、攻めてくるかのような感覚に陥っている向きもあるのだろう。
 また、朝日などでも、その辺り(中国・北朝鮮の現在の状況が、単なる脅威イメージではなく、それがなぜ我が国への侵略・攻撃に即結びつくのか、その根拠の有無)の詳しい調査報道も解説も指摘もほとんど見られない。

 「抑止力」などと称して軍備体制(同盟・連携協力体制)を強化する新安保法制に基づく軍事対応(軍事対軍事、力には力)・軍事依存(軍事に頼るやり方)は、それを「世界に発信」することで抑止力が高まり、侵略・攻撃を受ける可能性がなくなっていくというが、それどころか、いたずらに危機事態(一触即発・軍事衝突)を呼び込む(誘発する)もととなる蓋然性の方が高い。そのやり方には戦争を抑止する効果もある程度あるが、逆に戦争を惹起し、戦争に巻き込まれる蓋然性もあり、戦争を遠ざけるよりも、むしろ近づける蓋然性の方が高いのではないか。なぜなら軍事的「抑止力」というものは暴力装置であることにはかわりなく、それによって威嚇して相手が侵略・攻撃をしかけようとする気を起こさないようにするのだが、家に鍵をかけて泥棒の侵入を抑止する施錠と違って、或いはまた火災の消火に当たる消防力とも違って、攻撃力にも転化する暴力装置であり、それを備えること自体が紛争の火種となり、それを構えて対峙(軍事対決)し、何かのきっかけで激突(軍事衝突)して火種を燃え上がらせる(戦争に発展する)原因ともなるのである。したがって、そのような暴力装置(軍事力)は(軍事システムとしての安保法制も)むしろ取りはずして、非軍事的・平和的手段による抑止力を追究すべになのであり、それこそが憲法の9条が政府に求めている平和的安全保障なのである。
 さて、新安保法制のことだが、中国や北朝鮮それに過激派勢力も、このような日米の軍事同盟・連携協力体制の拡充・強化に恐れをなして、中国は尖閣・東シナ海からも南シナ海からも軍拡からも素直に引き下がるのか、北朝鮮は核開発からも弾道ミサイル開発からも手を引くのか、過激派勢力は日本人を攻撃対象からはずすのか、それとも、いずれも逆の方向に向かうのかといえば、それは後者の方(逆の方向に向かう)だろう。新安保法制に基づくこのような日米軍事同盟体制の拡充・強化のやり方で相手にプレッシャーをかけるよりも、そんなことは、むしろ控え、平和的対話(協議・交渉)に全精力を傾けた方が相手を軍事抑制・戦争回避に向かわせるものと考えるが、いかがなものだろうか。
中国・北朝鮮のことならば、今むしろ必要なのは、ASEAN諸国が主体となって結成した
 東南アジア友好協力条約(TAC。日中韓・北朝鮮・印パ・豪・ニュージーランド・仏・米ロ、EUなどまで、計28ヵ国加盟。主権・領土保全等の相互尊重、武力による威嚇・行使の放棄、紛争を戦争にはしないで、あくまで対話・外交による解決をめざす)に倣った北東アジア友好協力条約(日・中・韓・北朝鮮・ロシア・モンゴル等で結成)だろう。そしてこの地域を非核地帯とし、朝鮮半島の問題は6ヵ国協議(の枠組み)を維持して、その中で懸案を解決することを目指す。それらによって平和的安全保障を目指すべきなのであって、軍事的安全保障にいつまでもこだわり続けるのは、もうやめにした方がいいのでは。


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