米沢 長南の声なき声


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2月のつぶやき
2014年02月14日

●朝日の「声」欄に17歳高校生の投稿『安全保障上、沖縄の米軍は必要』が載っていた。「日本を取り巻く安全保障情勢は近年厳しさを増している」、尖閣で「中国の挑発行為は増している」、「不測の事態を招きかねない」、「中国や北朝鮮の脅威に対して抑止力」が必要であり「万が一の有事の際、即座に対応」できるように、「沖縄の米軍は県外に移設せず、県民の負担を軽減するためにの経済的な支援拡充を図るべきだ」というわけだ。安倍首相や小野寺防衛相がいつも言っているのとピッタリ、「優等生の模範解答」だ。
 一方、同「声」欄の「若い世代」欄には15歳中学生の投稿(『頑張った自分に誇りを持とう』)が載っていて、それにトリノ五輪金メダリストの荒川静香の言葉を引用していた。「目指した一日一日の積み重ねこそ『五輪』だった」「本番はその一日に過ぎない。どれほど思いをかけて向き合ったかが大事」・・・・彼女がそういうことを言っていたなんて知らなかったが、やはりそうなんだ。これは真理だ。
●風邪ひき―鼻水、寒む気(熱はない)で一週間休んだ散歩、小雪はあるが大丈夫だろうと思って出かけたら、郊外に出ると吹雪。♪雪や風 星も飛べば わが心は 早遠き地に・・・・♪(「心騒ぐ青春の歌」)クルマ以外は誰も通らない道を吾独り。一巡して帰り道、下校する小学生たちが彼方からやって来る。しばらく手前で唄をやめ、やがてすれ違う。3人目の子が「こんにちは!」、こっちも「こんにちは お帰りー!」、5人目の子、8人目の子も「こんにちわ!」「こんにちわ!」こっちも「こんにちわ!」・・・・お互い、元気で生き抜こうな!(つぶやき)。
●「ああ生まれてきて良かったなって思うことが何べんかあるじゃない。そのために人間生きてんじゃねえのか」(フーテンの寅さんの名セリフ、朝日の天声人語にあった。)
 そういえばアンパンマンの歌 「何のために生まれて 何をして生きるのか・・・・何が君の幸せ 何をして喜ぶ・・・・そうだ 嬉しいんだ 生きる喜び たとえ胸の傷が痛んでも」
 ソチ五輪 ジャンプ団体銅メダルに輝いた4選手―葛西・清水・竹内・伊東。それぞれ、その栄光の陰にはすさまじい苦闘・失意や苦境の長き日々があったことをテレビで知って感動!
 そうだアンパンマンの歌「忘れないで夢を こぼさないで涙 だから君は飛ぶんだどこまでも そうだ恐れないで みんなのために 愛と勇気だけが友だちさ ああアンパンマン やさしい君は いけ みんなの夢守るため」。そうだ彼ら選手はアンパンマンだったんだ・・・・なあ孫よ
●前の東京オリンピック男子マラソンで銅メダルを取った円谷選手は、自衛隊体育学校に所属していて、次の目標は「メキシコ・オリンピックでの金メダル獲得」と宣言したものの、「日の丸」の重圧に耐えかね(上官・校長から婚約を「オリンピックの方が大事」だとして認められず破談、周囲の期待に応えるためオーバーワークを重ね、腰痛に悩み、椎間板ヘルニアを手術して回復したものの、かつてのような走りができなくなり)失意のうちに、「父母上様の側で暮らしとうございました」と結ばれた遺書に家族たちへの感謝と「幸吉は、もうすっかり疲れて走れません」という言葉を遺して自殺して果てたという(ウイキペディア参照)。
 フィギアの羽生選手は「震災被災者の方々のために」としきりに故郷の人々を気にしていたが、
金メダルに輝き、表彰台に立って「いま日本一幸せなんだなと思います」と。彼のため歌を作ってくれていた同郷のシンガーソングライターの方は「応援していて幸せを感じました」と語っていた。
彼らオリンピック選手は、国(国威発揚)のためではなく、自分のためにただひたすら練習に励んで自己を磨いて競技を楽しみ、そのパフォーマンス(演技・肉体表現)が人々の感動を呼ぶ。そうして自ら楽しむ自己満足があってこそ、それに共感する人々と喜びを分かち合える(幸福感を共有できる)というもの。国のための自己犠牲は人を悲劇に追い込むだけ、ということなんだろうな。
●安倍首相いわく「私が一番えらいんですよ」。国会の委員会質疑で集団的自衛権行使に関する憲法解釈について内閣法制局に対して質問を繰り返されて、それに答えようとする法制局次長の答弁をさえぎって自ら答弁席に立ってそう言ったのだ。「最高責任者はこの私だ。政府答弁に私が責任を持って、その上で私たちは選挙で審判を受ける。審判を受けるのは内閣法制局長官ではない。私だ!」と。
 内閣法制局は内閣から任命される一官僚組織で首相に最終的な責任と権限があるということでは、その言い方も一つの理屈として成立するのかもしれない。
 しかし、内閣法制局は、内閣が提出するあらゆる法令が憲法に抵触しないか厳格に審査することを職務とし内閣における『憲法の番人』といわれてきた存在。その法制局がこれまでずうっと「現憲法下では集団的自衛権の行使は禁止されている」としてきて歴代首相もそれを踏襲してきたものを、安倍首相が解釈を変更させて、9条(戦争放棄・国際紛争を解決する手段としての武力行使の放棄)の本質をがらりと変えてしまい実質改憲しようとする。
 彼のあの言い方では選挙で勝てさえすれば、憲法解釈は自分に都合よく自由に変更できるんだということになる。「私だけで決めるわけではなく『安保法制懇』で慎重に深く議論をして頂いている」と言ってるが、その安保法制懇なるものは安倍首相と考えが近い人ばかりを集めた私的諮問機関に過ぎない。
 ルイ14世が「この私が法だ」と言ってるようなもんだ。
 朝日川柳に『つべこべ言うなオレが王様』・・・・・座布団一枚!
●テレビなどマスコミはほとんど安倍首相の独壇場みたいなもんだ。
 こんなブログ、「声なき声」などと言っても蚊ほどの声にもならないが、虫けらのように踏みつぶされるか無視されることに対する当方のせめてもの自己主張・存在アピールのつもり。自己満足、それでいいんだ。
●テレビ(ワイドスクランブル)で国連での中・韓・北朝鮮の日本非難とそれに対する反論をめぐって
コメンテーターの青山氏「まず、いきなり引っぱたきつけて相手にダメージを与えておいて、それから交渉に入るというやり方、そんなのに負けてはならない・・・・学校の友達の間でもそうだ。黙って引っ込んでるからいじめられ続ける」と。・・・・・・・ケンカに負けない方法を解説している。もっともらしいことを言っている。しかし、そもそもいじめたのはのどっちなの?どっちが原因をつくったの?どっちが悪いの?反省すべきは何なの?そこを明らかにするのが先決。ケンカに負けない方法を教えられても、いじめ問題の解決にならないし、逆効果。交渉・話し合いは自らの反省、相手への思いやりの心をもち、心を開き、相互信頼に達っしてこそ成立するのであって、ケンカ・張ったり・脅しの応酬・開き直りではない。

 ああ また始まった。孫どもの兄弟げんか(兄―中学生、妹―小学生子学年にもなって)・・・・こっちの方もイライラがつのる。
●朝ドラの「ごちそうさま」。今日はどんな話だったと小学生の孫娘が訊くので、「ぜいたくは敵だ」という時代の給食の話だったと。ついでに「ジージが小学生の時はな」とも。
●女房にも訊いてみたが、この私が「余命あと数週間となった時、一番後悔していることは」と訊かれたら、何と答えるか。
 「よいとまけの歌」を聴くと、♪苦労 苦労で死んでった 母ちゃん・・・・♪のところで、いつも泣けてくる。
 そうだな、一度もお袋を旅行に連れていってやれなかったことかな・・・・
そうだ、女房ばも、旅行に連れて行ってやりたいが、そんな暇はないようだ。家族・親族・孫の世話。「おら、何もかも人の為ばっかりやってる」と。夜は「ボケ防止」にとノートに日誌を付け、ストレッチ体操をやって寝る。(ご苦労さん!ありがとうよ!)
●雪灯篭まつりの開幕行事で「平和のつどい」(米沢市平和都市宣言事業の一環)、田上・長崎市長
が講演。3つの言葉①「戦争は人間の心から生まれるものであるから、人間の心に平和の砦を築かなければならない」②「人の足を踏んだほうは忘れても、踏まれたほうは一生忘れないもの」③"piece from Nagasaki" "piece from Yonezawa"
講演に先立ち、安部・米沢市長が挨拶、会津の山本八重の兄 ・覚馬が同志社の卒業式で述べた祝辞の文句を引用していた。「その剣を打ちかえて鋤となし、その槍を打ちかえて鎌となし、国は国に向かいて剣を挙げず、二度と再び戦うことを学ばない」
覚えておこう

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