客観的条件―心身の健康・生活条件・環境など―に恵まれていることもある程度必要だが、決定的なのは主観的幸福―喜び・快感・満足感(自己満足)―夢・目標をもち、努力・達成して得られる幸福感―客観的条件には恵まれなくても得られる(スラムの子にも喜び・笑顔)
(1)人間関係(社会―家族・地域・職場などで―人との結びつき、良いつながり)が幸福度を高める。
「幸福は社会的ネットワークを通じて広がっていく力がある」(伝染・波及)
「友達が幸福なら、あなたも幸福な確率が高くなる」(友達の友達まで)
「幸せが幸せを呼ぶ」―自分の幸福が家族・友達・隣人の幸福へ―喜びを分かち合う
人をサポート(どちらかといえば、サポートされるよりも、するほうが)
人に親切することで人と自分を結び付け、より良い人間関係を築く(毎日、人にした親切を日記や手帳に記録して数えてみると、いい気分になれる)。
物事がうまくいかず辛く悲しい思いをしている時、傍にいて支えるだけではなく、うまくいって嬉しい思いをしている時にも傍にいて、或いは駆けつけて一緒に喜ぶ(むしろ、この方がだいじ)
(2)世代の違い:
若者―エネルギー・夢・欲望が旺盛―挫折・逆境に弱い。
中年―子どもが大きくなっても未成年で扱いが難しく、仕事上の責任が中堅になって重くなり、ストレスが強まり、離婚率が高まる。
高齢者―エネルギー・欲求が減退、人生経験を積んで逆境に強い
日本の高齢者は人間関係が希薄(人との結びつきが米国やスウエーデンの半分以下)―独居老人・孤独死が多い。
(3)余命、数週間という患者に「人生で一番後悔していることは何ですか?」と訊いた(オーストラリアのホスピスで働くある看護士が患者に問いかけた)ところ、多かった答えは
①「人の期待に応える人生ではなく、自分に正直に生きる勇気が欲しかった」(人の為に義務や責任を負うあまり自分の夢を犠牲にし過ぎることなく、自分の夢や目標をもバランスよく追求)
②「あんなに働かなければよかった」(「仕事!仕事!」といって、そればかりでは本当に大切なものを失う)
③「勇気を出して自分の気持ちを(はっきり、ためらわないで)伝えればよかった」
④「友達と付き合い続ければよかった」
⑤「自分が幸せになるのを(制限を解き放って)許せばよかった」要するに人が幸福になる秘訣は、孤独にならず、社会との結びつき、人とのつながりを保ち、人々(他者)の幸福に尽くすこと。とは言っても、それは強いられた滅私奉公・自己犠牲ではなく、あくまで自発的意志に基づいて行い、それによって同時に自分も幸福感(自己満足)が得られるという生き方、ということになるのではあるまいか。
つまり幸福感を得るのに不可欠なのは①夢・目的・目標・使命・課題(必要に迫られ、或いは思いついた用事や課題。但し他人から強いられたものではなく自らが課したもの)をもち、それに取り組み果たすこと。何か「大切と思うものを守り抜くこと」とか(難病や極限状態に置かれている人などにとっては、ただひたすら)「生き抜くこと」等も含む
②自己満足できること
③人々の共感が得られること
「白熱教室」の講師・ポートランド州立大学のティーナー博士の話で、博士が調査に訪れたインドのコルカタという町のスラムでこと。博士は、足の速いのが自慢で将来看護婦になるのが夢だという一少女と出会い、「競争してみようじゃないか」ということになり、「用意スタート!」。少女は勝って「やった!」と叫び、両親は駆け寄って彼女を抱きしめ、見物人も、スラム中が拍手と歓声。あたりは幸福感に満ち溢れ、「私(博士)まで幸せでした」という。その少女の幸福感。
画期的な新型の万能細胞を研究開発した小保方さん。「今日一日、明日一日だけ頑張ろうと思ってやっていた」そのあげくの幸福感。(それに対して68歳男性―朝日投稿に「私自身、今はついつい何もせずに一日を終えることが多いが、身を投じたいと若い頃に夢見た分野がある。その勉強をこれからすることは、年金生活の私にも可能だ。たとえ誰に言う機会は訪れずとも『今日一日をがんばった』と自らに言えるような日々を過ごさなければ、という気持ちにさせられたのだった」と。)
或いはオリンピック選手の幸福感、結婚式でのカップルの幸福感、これらはいずれも、そのキーワードは、上の3つが考えられるのでは。
{かく言う当方の場合は①(夢・目標)は些細なもので、③(人の共感)には欠け、②(自己満足)はあっても、幸福感は乏しいが、空しいとも思ってはいない。}