米沢 長南の声なき声


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3月のつぶやき(随時、上に加筆)
2013年03月01日

●安倍内閣支持率―7割も(朝日は65%)・・・・・・・・ああ、アベバブル
 危機迫る―北朝鮮危機、沖縄の基地移設、改憲、TPP参加、原発再稼働・・・・・
                               ああ、アブナイカク
●朝日世論調査―政党支持率―自民党44%、民主 6%、公明 3%、維新2%、みんな2%、共産2%、その他0%、支持政党なし35%
 参院選で投票する政党―自民47%、維新12%、民主9%、みんな6%、公明4%、共産3%、生活1%、社民1%、その他2%、分からない15%
 安倍首相の経済政策に期待できると思う人65%
 一大政党をとりまく翼賛政党がほとんどで、世論は安倍自民党とその翼賛政党に傾き、改憲派が3分の2を上回りそうだ。はてさて、この国の民度はいったい・・・
●トップ写真に載せたが、大震災犠牲者の追悼式、復興のつどい、加藤登紀子コンサート。いずれも主催し取り仕切ったのは井上君・新関君ら(当方が学校いた当時、生徒だった卒業生)。彼らは阪神・淡路震災当時立ち上げて支援活動したボランティア山形の中心メンバーであり、東日本大震災でも直後から米沢を拠点とする官民支援活動を主導した立役者といってよい。たいしたもんだよ。
 追悼式・復興のつどい、ともに会場は置賜文化センター。そこは、大地震があったあの時、当方はその一室で、ある会合に参加していた、その同じ建物。会合を中断して外に飛び出したが、おさまったと思って、また中に戻って再開。携帯を借りて家に連絡をとろうとしたが繋がらない。早めに切り上げて帰宅の途についたが、車はやや渋滞。家に着いて中を見ると、女房と孫たちは震災報道中のテレビを見ていて無事、棚に並べてあった置物が幾つか倒れ落ちていたが、たいしたことはなさそうだ、と安堵したものだ。
 あの大震災があったこの日、ニュースに、ある町では防災・避難訓練が『震度5強』を想定して執り行われたとあった。女房、つぶやいていわく、「あの時米沢は『震度5強』だった。こっちは孫と飯台の下にもぐって震えていたというのに、そっちはいつまでも会合を続けて帰ってくっちゃねがったもな」。また口説かれたか。
●北海道のオホーツク海に面した町で猛吹雪。父親がうずくまって娘を抱き温める姿で亡くなり、娘が生きて発見された。夕食時、テレビでそのニュースを見ながらその子と同じ年頃の孫娘に語った。「母親は一昨年亡くなっていて父子二人暮らしだったんだって。その子はこれから一人で生きていかなてはならないんだな・・・・・お前は大丈夫だ、爺ージがいるから」と。それにつけても、夏音というその子、生き抜くんだよ!そして我が孫も夏音ちゃんのことを思って逞しく!
●孫が「何これ」「ゴジラって何?」というので、ゴジラ映画のビデオを見せた。
 すると画面に原発地帯の風景が出てきて、そこをゴジラがのし歩き、原子炉建屋を壊して炉心を抱え上げて放射能を吸引している様子。頭上を渡り鳥が飛んでいくと、それに誘われてゴジラは去ってゆく・・・、という場面が出てきた。
 福島原発のあの光景を連想した。なんと、ゴジラ映画には原発の危険を見せつける警告の意図も込められていたんだな。
●雪ゴジラの口に蝋燭を立てようとして梯子をかけて上がったら、星明かりに白い鳥の群れ十数羽が雁行をなして飛んでくるのが目に入った。雪像を撮ろうとしてポケットにデジカメを持っていたが取り出して構える間もなく消え去って行った。夕闇に北の方へ飛んでいくのは白鳥か、雁行をなしていたからハクガン? 
●例年にない2月末の大雪。雪像の制作に挑んだ。ゴジラ。かつて高校在職中、上杉公園周辺で模様される雪灯篭祭りで、野球部の1年生を率いて作ったゴジラのことを思い出して。
 まずは、女房の頼みに応じて横穴掘りから始めた。「かまくら」ではなく、収穫して畑に埋めておいた大根を掘り上げるためだ。それを果たし終えた後、創作に取り掛かった。
 隣近所では屋根の雪下ろしに余念
きたのほうへがない様子。冷たい眼差しを気にしながら、孫のためならエンヤコーラ・・・・・・よく頑張ったもんだ。


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