5月11日、消費税増税法案が衆院本会議で審議入りした、この日NHKニュースが「国の借金960兆円、国民一人当たり752万円」と伝え、街頭インタビューで「返せる金(額)じゃーないね」「増税もいたしかたない」と言わせている。
財政危機―家計にたとえて、「借金の付けを孫子に残してはいけない」、だから「消費税増税はしかたない」と。はたして本当か?
(1)「国の借金」―債務総額(粗債務―09年末国・地方合わせて872兆円、12年末には国・地方合わせて1000兆円を超え、GDPの2倍になる見込み)では確かに先進国で最悪。
しかし、債務総額の約半分は二重にカウントされている―政府が国債などによって集めた資金や年金基金などからも他の政府機関や地方自治体・外国政府などへまた貸ししているが、それも負債として加算されている。
(以下の数字はいずれも09年末のもの)
日本政府の金融資産(513兆円、米国債などの外貨準備、郵政株など有価証券、特殊法人への出資金、国民が積み立てた年金・健康保険など社会保障基金)は世界一 。
{粗債務(872兆円)-金融資産(513兆円)=純債務(359兆円)}―一このほうが国の財政状況をはかる指標としては国際的常識。
個人の場合でも、例えば1000万円の借金があるといっても、1500万円の預金を持っている人にとっては全くどうということはないわけである。
日本政府(国と自治体合わせて)のバランスシートも資産(2010年12月末、金融資産494 兆円、土地・建物などの固定資産579兆円、計 1073兆円)のほうが負債( 1037兆円)を上まわっている。仮に返済不能となったら、米国債や公有財産を売却すればよいだけの話し。
(2)財政と家計は違う
家の借金は収入の範囲内でしか借りられない。借りたら本人が生きている間に全額返済しなければならず(返済しなければ資産が差し押さえられ)、子や孫に付けを回すことはできない。
しかし、国の借金は、国が国民に生存権を保障し、社会保障・教育・福祉・公衆衛生など公共サ-ビスを提供しなければならず(それらは税収の範囲内にとどめるというわけにいかず、税収で足りなければ借金をしてでもやらなければならない)、そのために必要だから行うもの。それに政府に寿命があるわけではないし、親たちの代に全額返済しきらなければならないというわけではなく、子や孫の代に返済を先送りすることはできる。しかし、彼ら(後の世代の国民)は借金だけを引き継ぐわけではなく、合わせて国の金融資産や固定資産をも引き継ぎ、それらは国有財産として残る。
(3)ギリシャなどと比べて
日本の貯蓄・生命保険など国民の金融資産は1,400兆円で世界一。国内の銀行や保険会社などの金融機関はそれを元手に政府の国債を引き受けているが、今のところ、債務残高(11年度末で)985兆円をまだ大きく上まわっている。その内の海外への投資分(対外純資産)は266兆円で世界一。(但し、高齢者が貯蓄を取り崩すなど、現在それは低下しているので、長期的には安全とはいえない―だから国債の発行残高が際限なく増え続けることは問題)。
日本の国債は、その9割以上を国内の金融機関などがもっている。それでもなお、日本国内には世界一の余剰資金((国民が所得を得て、そのなかから消費し、残りを貯蓄に回すが、そのカネが金融機関を通じて住宅投資・企業の設備投資・公共投資などに回り、なおも余っているカネ。2010年末で251兆円以上)があるのだという。これまでの毎年の動き(余剰資金が1年に10兆円以上生まれている)を見ても、政府などが新しく借りた額よりも家計など民間が貯蓄した額のほうが多いという状況が続いている。政府は大きな借金を抱えているが、それでもなお借りられるだけの余裕があるのだということ。
ギリシャもアメリカも財政赤字だけでなく経常収支(貿易収支と貿易外収支)も赤字なのだが、日本は、経常収支はまだ黒字(貿易収支は、昨年度は震災による輸出の減少や原発停止にともなう燃料の輸入増という特殊事情もあって過去最大の3.4兆円の赤字になったが、貿易外収支のうち外国証券や海外子会社などからの利子・配当収入で所得収支が黒字なので、トータルでは7兆9千億円の黒字。但し、専門家の中には、その黒字幅は今後も減り続け、中長期的には経常赤字が定着するという悲観的な見方も)。
海外投資家からの債務(いわば「あかの他人からの借金」)は、ギリシャは7割以上、アメリカ・ドイツも半分以上占めるが、日本はわずか7%だけで、9割以上が国内の投資家からのもので(いわば「身内からの借金」で、円建てで借りており、日本国債の金利が上がる事態になったとしても国債は日銀から買ってもらえ)、ヘッジファンドなど海外投資家の投機的な売買に振り回されることが少なく、利子も海外流出はわずかで国内に回り、景気への影響も少ない。
(4)これら楽観論?に対する悲観論
海外投資家が日本国債の先物を扱う(デリバティブ―金融派生商品)市場で売りを仕掛けてくる(ターゲットになる)可能性があり、その結果、安定して推移している国債の金利(1%弱)を上昇させる恐れがあるという。国債の先物といったデリバティブから崩れていけば、「国内の投資家も、一斉に投資スタンスを変えなければいけなくなり、今いっぱい持っている国債を投売りし始めるようになる、これが一番大きな問題だ」というわけ。
日本国債は、今はいくつかの条件が満たされているので低金利が保たれているが(10年もの国債の利回りでは、ギリシャ国債は34.96%、イタリア国債は7.108%だが、日本国債は0.988%)、それが崩れるとヨーロッパのような危機に陥る可能性がある(マーケットというのは一度弾みがつきはじめると誰が何と言おうと信用されなくなる)。いつまでもつか、早ければ数年、家計貯蓄がこれから減ってくるということを考えれば5年もつかだ、と。
日本国債の信用維持のためには「健全な財政」に早く戻す「財政再建」の明確な道筋・方向性を示すメッセージを国としてしっかり出していくことが必要だ。それがないと市場が不安がる、というわけ。
日本国債は世界の債券市場では優良銘柄で、格付け会社によって最上位(トリプルA)と見なされてきたが、このところ巨額の債務を理由に、一段下(ダブルAプラス)へ格下げられている。今、国内の金融機関の間でも日本国債に対して慎重な見方が広がりつつあるという。
国債がそのうち俄かに売られ出して、国債を大量に抱えて大きな損失を被る金融機関のために日銀が国債を買い支えるべく際限なくカネを出し続ければ、通貨が出回り過ぎて深刻なインフレを招く。そうなれば、政府の長期債務の金利が跳ね上がる。
金利1%上がれば1兆円超の利払い費がかさみ、わずかな金利上昇でも利払いが膨らみ、財政をさらに圧迫する。だから、そうならないうちに早く消費税増税を決めてしまえ、というわけか。
要するに、政府が何か手を打たないと、ヘッジファンドなど海外投資家が日本国債の先物市場で売りを仕掛けてくる可能性がある(その結果、安定して推移している国債の金利を上昇させる恐れがある)、だから、政府が消費税の増税を敢えて強行するのを国民は甘受せよというわけか。
ヘッジファンドなど投機筋による「仕掛け」とは―ギリシャ国債に対してデフォルト(債務不履行)説を流布させたように、日本国債に対して「日本の財政赤字削減が進まない。日本政府は本気で財政再建に取り組んでいない。日本の財政は間もなく破綻する、日本国債は紙くず同然になる」と悲観論を振りまいて仕掛ける。それを前もって日本国債を買い集めておいて売りを仕掛け、それが効を奏して価格がどんどん下がっていくタイミングをとらえて買い戻せばガッポリ儲かる(たとえば100万円の国債、それが60万円まで下がったところで買い戻すと、差し引き40万円が儲かる勘定になる)。
「格付け会社」は(各国の政府が発行している国債に投資した場合、そのお金が将来返ってくる可能性がどれだけあるかを評価)、「日本の財政赤字は悪化している、日本政府には財政再建に対する切迫感が欠けている」として日本国債を格下げ(5月22日にはフィッチ・レーティングスという格付け会社が、日本国債を中国や台湾並みのAAマイナスからイスラエルやスロバキア並みのAプラスに下げた。新聞には「消費税増税の法案が決まらなければ、さらに格下げも」と報道されている。まるで「消費是増税を早く決めろ」と催促しているかのようだ)。それが世論誘導に利用されるわけだ。
「投機マネー」や「格付け会社」に振り回されることを恐れての庶民増税だが、そんなの甘受できるだろうか。
(5)日本政府のやたらな債務膨張・財政赤字の拡大が日本国債の信用を失墜させる結果になるのは確かだが、その債務膨張を招いた原因は?
それには高齢化による社会保障費の膨張もあるが、これはしかたのないこと(不要不急な無駄遣いとは事が違い、カネが足りなければ借金してでも用立てなければならないもの。
社会保障関係費は一般会計予算の中では最も大きいが、それにカネのかけ過ぎどころか、世界の主要国と比べればむしろ最も少ない。(社会保障への公費負担のGDPに対する割合は、イギリス13.5%、イタリア11% 、ドイツ10.5%、フランス9.4%に対して、日本は6%に過ぎない。)
問題はつぎの三つ
①自民党政権以来重ねてきた不要不急の大型公共事業と米軍への思いやり予算などを含めた軍事費などの無駄―ゼネコンや日米の軍需産業への大盤振る舞い。
②大企業・富裕層への優遇税制(この15年間、法人税減税、所得税や相続税の最高税率を切り下げるなど、取るべきところから取らない)―それがまた直接税(所得税や法人税など)のビルト・イン・スタビライザー機能(「自動安定化装置」―不況期に財政赤字が増えても、好況期には企業利益や賃金が増えるので税収が増えて赤字が減るという機能)を働かなくしたこと。
③長期にわたる景気悪化とデフレ・スパイラル―消費の落ち込み、内需停滞、賃金ダウンで税収が減ったこと(消費税アップで税収を増やしても、消費意欲が低下して景気が悪化すれば所得税・法人税などの税収が減って税収総額はかえって増えないことになる)。
この三つである。
このやり方を是正し、財政健全化(赤字削減・プライマリーバランスの黒字化)に努めること(ムダな大型公共事業や軍事費を削減すること、大企業・富裕層への優遇税制をやめること、内需拡大による景気回復をはかって労働者の賃金・中小企業の収益をアップすること)、それは不可欠。それなしに単に借金の穴埋めするために「取りやすいところから取る式」の消費税増税は見当違い。どの国でも、いまだかつて増税によって財政再建を果たした国はないとのこと。
大企業などの内部留保(溜め込み―日本企業が抱え込んでいる現金や預金は200兆円を超える)をはきださせて賃金アップ・雇用に回すとともに中小企業への注文も増やして内需拡大・デフレ脱却をはかり、税収増をはかる。そうすることのほうが、財政再建の実現性が高い。(インフレになって物価があがり、国債の金利も上がって利払いがかさむといっても、それは新規国債からの話しで、前から借りていた国債の金利は固定金利でそのままだから、かえって返しやすくなるはず―月給30 万円の人が 100万円の借金をしていて、月給が 50万円に上がれば借金は軽くなって返しやすくなる。政府にとっても国の借金が軽くなって返しやすくなるはず。但しその後の金利がつり上がった新規国債では借りにくくなるが。)