米沢 長南の声なき声


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愛国心・国旗・国歌問題
2012年01月27日

(1)愛国心には二通りあり、一つは、生まれた国・同胞への愛着、もう一つは、その 一員として権利・義務をもつ国家・国民共同体への愛着。
 前者は、親子・家族の情愛や郷土愛などと同様、自然に生まれ育つ感情なのであって、わざわざ教えなくても済むもの。
 後者については、憲法上の国家の理念や権利・義務、歴史・伝統文化など学校その他で教えなければならない。
 しかし、「愛国心を持て」などと押し付けがましく教えるたりする筋合いのものではない。ただ、よく教えておかなければならないことは「誇りを持つのはいいが、驕り・独善になってはいけない」ということであり、「自国のために他国を犠牲にしてはばからないような自国エゴに陥ってはならない」ということである。
(2)国旗・国歌は、それが誰しも違和感なく受け入れられる旗や歌ならば、それを掲げ、斉唱させることによってと愛国心を高揚させ一体感を醸成させる効果をもつ。
 しかし、「日の丸」・「君が代」は、そもそも戦前来の「大日本帝国」のイデオロギー(国家思想・価値観・世界観)と結びついていた「帝国」の国旗であり国歌だったのだ。戦後「日本国」となって、国は全く変わった。(ドイツやイタリアでは戦後、国旗・国歌を改変。)ところが「日の丸」・「君が代」はそのまま。99年それを正式に国旗・国歌とする法案が国会で可決された。しかし、衆院では86名、参院では71名の反対があって、審議の過程で政府(小渕内閣)はそれらを「強制はしない」とする見解を繰り返し述べていた。(当時の野中官房長官は「式典等において起立・斉唱する自由もあれば、しない自由もあろうかと思うわけでございまして、この法制化は、それを画一的にしようというわけではございません」と答弁している。04年天皇は園遊会の席上、当時都教育委員だった米長氏が「日本中の学校で国旗を掲げ、国歌を斉唱させることが私の仕事でございます」と述べたのに対して、「やはり、強制になるというものではないのが望ましい」と。)
 それを掲揚し、歌うことに疑問をもたない人は多いが、中には拒否感を持つ人もいるのだ。(それらは国民の間に定着していると思っている人もいるが、必ずしもそうだとは限らないし、それらを好きな人もいれば、忌み嫌う人もいるのである。オリンピックやワールドカップでは誰もが日本選手を応援してもだ。)
 それを「多数」の支持を背景にして知事や教育委員会や校長が強権を振るって強制すれば、思想・信条の自由を害し、そんなことがまかり通ればファシズム(全体主義)になってしまう。
(3)公教育の場で生徒・教師・親たちが心を一つに祝い合う卒業式などの式典に、「踏み絵」のようにイデオロギーに関わる対立・わだかまりのタネを持ち込むのは望ましくない。少なくともそれを強制すること自体、儀式に臨む生徒・教師・親たちにかえって要らざる困惑やギスギスした重苦しさ与え、規律・秩序を乱す元にもなる。そのような事態が想定されるにもかかわらず、それを強行し、強制に服さないからといって、その者を罰するのは全くお門違いというものだろう。国民の内心に踏み込む強制や押し付けは国民の嫌気をさそい、かえって愛国心を損なう結果を招き、人心統合を崩す元にもなろうというもの。
(4)1989年からの経緯
   89年3月日の丸掲揚と君が代斉唱を義務づける学習指導要領が告示
   99年2月日の丸・君が代問題をめぐり広島県立世羅高校長が自殺
     4月石原慎太郎氏、都知事に就任
     8月国旗・国歌法が成立
   2003年3月全国の公立小中学校・高校のほぼ全てで、卒業式に日の丸を掲揚し、君が代を斉唱
    10月東京都教委が教職員に起立斉唱などを義務化
   04年3月都教委が、君が代斉唱時に不起立の教職員ら171人を初の戒告処分に
     5月都教委が、不起立の生徒が多い学校の教員に指導
   06年9月東京地裁が都教委の通達や職務命令を違憲と判断
   07年2月最高裁が君が代のピアノ伴奏命令を合憲と判断
   11年3月東京高裁が、不起立教員ら167年への都教委の処分を「懲戒権の乱用」と取り消す判決
     5月最高裁が起立斉唱の命令を合憲と初の判断
     6月大阪府で、公立校教職員に君が代の起立斉唱を義務づける全国初の条例が成立
   12年1月16日最高裁が不起立教員に対して戒告は認め、減給・停職は取り消す判決
(5)16日の最高裁判決は、教職員に起立斉唱させる職務命令は憲法19条に違反するものではないとし、不起立行為は職務命令違反であり、式典の秩序や雰囲気を一定程度損ない、生徒への影響も否定しがたい。それに対する懲戒処分は学校の規律や秩序を保つために重すぎない範囲内ならばやむをえないとしている。行き過ぎた処分には歯止めをかけたが、起立斉唱の職務命令と懲戒処分そのものは認める判決を下した。
 起立斉唱の強制は思想・信条の自由を侵し、精神的苦痛を強いるもので(都立高校に30年勤めたある男性教員は「踏み絵」を強要されている気がしたと―朝日)、憲法19条(「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない」)の規定と両立するとは普通思えまい。06年東京地裁は都教委の通達や職務命令を違憲と判断し、斉唱の義務はないとしている。
 16日の最高裁判決における4人の多数意見に対して、宮川裁判官は、学説などでは起立斉唱を職務命令で強制することは19条に違反するという見解が大多数だとして反対意見をのべている。宮川裁判官は不起立行為は、「いわゆる非行・違反行為(セクハラや体罰など―筆者)とは次元を異にする」として「戒告でも重過ぎる」とも。
 判決は、不起立行為は、積極的な妨害ではないものの、式典の秩序・雰囲気を一定程度損なうとしているが、そもそも職務命令で起立斉唱を強制すること自体が式典の秩序・雰囲気を損なう原因になっているのだ。式典にそれらを無理やり押し付けたり、強制したりしなければ、それは和やかな雰囲気のもとに平穏無事に執り行われるはずのものなのだ。

 裁判官は権力擁護の立場に立っているか、自由・人権をを守る立場に立っているかだ
 (6)この問題の根本的な解決法はといえば、それは強制されることなく老いも若きも国民の誰からも受け入れられ、心を一つにして仰ぎ歌える新しい国旗・国歌に改変することだろう。
 たとえば国歌なら「われら愛す」―これは戦後主権回復後の1953年、サントリーの壽屋が企画して「新国民歌」を公募、5万余の応募の中から、審査員(山田耕筰、西条八十、古関裕而、堀内敬三、サトウハチローら)が選んだもの。作詞は当時山形南高校の国語教師だった芳賀秀次郎。作曲は西崎嘉太郎だが、行進曲調で、当方には忘れられない曲だ。当時毎朝ラジオから流れていたから。
 歌詞は次ぎのようなもの。
 3番「われら進む
    かがやける 明日を信じて
    たじろがず 
    われら進む
    空に満つ平和の祈り
    地に響く自由の誓い
    われら進む
    かたくうでくみ
    日本のきよき未来よ
    かぐわしき夜明けの風よ」


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