米沢 長南の声なき声


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TPP問題(加筆修正版)
2011年02月08日

 菅首相は「平成の開国」と称してTPP参加をめざし、6月までに、交渉参加について結論をだすことにしている。
 それを望んでいるのは経団連など財界であり、読売・朝日など主要メディアがそれを応援し、日本労働組合総連合会(連合)も支持を表明しているという。
 
 
TPPとは―「環太平洋連携協定」―すべての品目で、即時または段階的(10年以内に)に関税撤廃(FTAより高い水準の自由化めざし、原則として撤廃の除外は認めない)―「アジア太平洋自由貿易圏」形成へ。
 非関税障壁の撤廃、様々な分野の自由化・規制緩和ともなう― 金融・保険・繊維・皮革・電子商取引・公共事業・教育・医療・衛生植物検疫・建設・運輸・通信・エンジニアリング・観光・旅行・娯楽・文化・スポーツなどへの外国資本・外国人労働者の参入

 現在、4ヵ国(シンガポール・ニュージーランド・チリ・ブルネイ)だけが締結。これにアメリカ・オーストラリア・マレーシア・ベトナム・ペルーが参加表明・加盟交渉に入る。
 中国・韓国・タイ・インドネシアは一線を画す。
 韓国は米国・EU・中国とFTA(自由貿易協定)締結。
 日本はシンガポールなど上記4ヵ国とマレーシア・ベトナムそれにスイスとはFTA・EPA(経済連携協定)を既に締結、オーストラリアとはEPA交渉中。
 (FTA・EPAは、いずれも2国間協定、関税撤廃の例外品目を交渉によって認めるが、TPPは多国間で、例外品目を認めず、ゼロ関税にするのが原則)
 諸国間経済連携構想にはASEAN(東南アジア10ヵ国)に日中韓3国が加わったASEAN+3構想、それにインド・オーストラリア・ニュージーランドをも加えたASEAN+6構想(日本が提唱)があり、鳩山前首相も「東アジア共同体」を唱導していた。それに対して、その中にいないアメリカがTPPを足がかりに、これを主導してAPEC(環太平洋諸国)全体に及ぶアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)構築をめざし、それに日本を引き込もうとしているものと思われる。
○肯定論 
 (東大教授の戸堂康之氏)日本全体(現状は閉鎖的)がグローバル化すれば国内の生産性・活力が向上―物づくり技術だけでなく効率的な生産方法・マネージメント・ビジネスモデルなども。
 参加しないと世界の競争から取り残される。
 TPPでアジアの成長を我が国に取り込める。
 企業―海外に打って出れば日本製品の競争力が高まる。
 海外直接投資で国内雇用は(直後には減るものの)、海外とのやりとりが増え人員が必要となるから、3~4年後には増えていく。
 海外から安価な輸入品が増え、物価が下がる。すると実質為替レートも安くなるから、輸出企業にとってはますます好都合に。
 参加することによって、自由貿易協定(FTA)戦略の出遅れを一気にとり戻せる。
 参加でGDPが1.23 ~1.39(6.1 ~6.9兆円)伸びる(内閣府の試算)。
 不参加なら、2020年、自動車・電気電子・機械の3業種の米国・EU・中国における市場シェア喪失して、GDPが1.53%(10.5兆円)減、雇用が81.2万人減。
 日本経済再生の絶好のチャンス
 農業が打撃をこうむったとしても、それはGDPでは1.5%にすぎない。
 TPP参加はむしろ農業再生(農業改革)のチャンス―グローバル市場を相手に日本農業を再設計―大規模化を推進(集落営農<協業法人>促進、株式会社に農地を開放)、高品質農産物輸出に活路―今後膨れ上がるアジアの富裕層向けに輸出。
 輸入米に門戸を開いても、日本のコメが国内市場から締め出されるようなことは考えにくい。
 食料自給率(1965年73%、今40%、穀物自給率は28%―世界でも最低レベル)
アップ(民主党政権は50%を目標)。
 *日本農業の現状(従来の自民党農政の結果)―高齢化・後継者不足が深刻
  価格保障政策は放棄、家族経営の切捨てへ。
減反政策(米価維持のためコメの需要減に合わせて水田の作付面積を減らす生産調整策―輸出用は対象外)―水田の4割を生産抑制。税金40年間で総額7兆円投ぜられながら、農業所得は20年前から半減。
 創意工夫と大規模化で自立しようと努力する主業農家の足を引っ張ってきた。
コメの販売実績によって翌年の生産枠が決まる―各地の農協はコメの安売りしてでも枠の拡大を競う―米価下落に拍車。
 民主党政権になって戸別所得補償制度―すべての販売農家を対象―主な所得が他にある兼業農家より主業農家の方が苦しく。規模拡大に応じて加算金あるも、退出するはずの零細農家も補償を得ようとして、貸していた農地の「貸しはがし」に走るようになり、農地の集約を阻害し、細切れ化を促す。(意欲ある主業農家に絞った直接支払い制度に切り変えるべきだ―朝日社説)

●反対論
 TPP参加したからといって、日本の輸出はそんなに拡大するわけではない―①参加国のうち、6ヵ国とは既にFTAを結んでいる。②未だ結んでいないアメリカの関税率は自動車で2.5%、家電で5%程度でしかなく、関税よりも為替変動による貿易への影響のほうが大きい(アメリカがドル安誘導と金融緩和政策を続ければ、同国への輸出は伸びない)。③韓国がこのところ輸出を伸ばしている原因は、FTAを結んだからではなく、韓国通貨(ウォン)の為替レートが、この4年間で半分近く下がっているからにほかならない。④日本の輸出企業の多くは、既に海外で現地生産のほうを拡大しており(自動車は56%)、TPPに参加しても、日本からの貿易は拡大しない。
 関税撤廃された場合の実質GDPアップは0.48~0.65%だけ(昨年11月の参院予算委員会での玄葉国家戦略担当相の答弁)。
 恩恵をこうむるのは輸出大企業(自動車・電気電子・機械産業の3業種)だけ―地場産業・生活関連産業など度外視。(輸出企業や海外展開している企業は日本全体の2,000分の1にすぎない。
 企業の海外進出は加速―国内の雇用の空洞化に拍車。
 海外からの安価な製品輸入でデフレはさらに進む。
 日本製品に競争力があったのは、消費者の要求水準が極めて高い国内市場で鍛えられてきたからだが、途上国市場ではいくら製品は売れても開発力(競争力)は付かないし、国内でも、デフレが進み、安さばかりが求められるようになって、「目利き」の消費者が減っていくと、企業は研究開発を怠るようになる。内需を拡大してこそ競争力を強める。
 日本は「輸出大国」ではなく(GDPに占める輸出の割合はだけ。貿易依存度は17%で、米国12.6%より高いが、韓国55%、中国36%よりも低い)、実は「内需大国」なのであって、内需を拡大して需要不足を埋めることによってデフレ脱却をめざすべき。
 (すべての産業の競争力を上げるには、リストラ・合理化などの生産効率アップではなく、輸出で稼いだ外貨を内需に使うことを考え、円安を生むしかない。)
 (京大助教授で元経産省課長補佐中野剛志氏によれば)輸出といっても、どの国に売るかといえば、実は限られている。米国は失業率10%で不況続き、中国は好景気といってもバブル(頼るのは危険)、他のアジア諸国は外需依存で国内市場は小さ過ぎ。このような中で(関税撤廃しても)輸出を増やすには、低賃金で技能の高いインド・中国の労働者と競争になり、製品価格を下げるため、さらに賃金を下げなくてはならず、一般国民を苦しませるだけ(利益は株主と企業に回るだけ)。また(大阪大フェローの小野善康教授によれば)輸出が増えても、今度は貿易黒字で(対外資産が積み上がって)円高になり、国内の相対的に弱い分野が必ず衰退する(例えば、タオル産業の生産性は、中国のライバル企業より優れていて―絶対優位―も、自動車の中国企業に対する優位さの程度がそれ以上―比較優位―であれば、タオル産業は衰退する)。(逆に、すべての輸出財に同率の関税がかけられても、比較優位は変わらず、その分円安になって、どの産業も影響を受けない。)
 日本で現在すでに関税ゼロになっている品目は全品目中の53.0%にもなっており、米国45.7% 、EU28.9 %、中国 6.4 %、韓国 14.1%などのいずれをも上まわっており、むしろ「開国」が最も進んでいる。
 農産物の輸入関税は既に低く、鎖国状態どころか世界一の農産物純輸入国になっている。
  各国農産物の平均関税率―インド124.3、韓国 62.2、メキシコ 42.9、EU 19.5、米国 5.5、日本11.7(米国に次いで2番目に低い)。
  高関税で守っているのはコメ(778%)、砂糖(252%)、小麦(249%)など農産物の1割だけ。大豆など4分の1は無関税。
 農業所得少なく、農業だけでは食べていけないというのが実態―後継者不足の根本原因。
 TPP参加(全品目関税撤廃)で、日本農業はさらに壊滅的打撃こうむることになる。
 巨費を投じて農家所得を補償しても、外国産農産物の輸入増加は止められず、国内農業の縮小は避けられなくなる。
  (農水省の試算では)農業生産4.5兆円減
            コメの生産量90%、 小麦99%、牛肉79%、豚肉70%減
            食品加工など関連産業も含めGDP7.9兆円減
            雇用350万人減
            食料自給率(40%)は13%に激減。
 大規模化をやろうとしても地理的・自然的条件から限界(農地の4割は傾斜地に)、アメリカ(我が国最大の北海道の平均耕地面積と比べても10倍)・オーストリア(同じく150倍)とは到底太刀打ちできない。
 北海道は世界的に見ても既に大規模化している―1戸当たり耕地面積20.5haで(米国は186.9haだが)EU(13.9ha)を上まわる。酪農では1戸当たり飼育頭数64頭(米国138頭、EU10頭)、肉用牛は178頭で米国(84頭)を上回っている。
 その北海道でさえTPP参加すれば、壊滅的な打撃こうむることに(北海道農政部が試算では道の損失総額2兆1,254億円、うち農業算出額5,563億円、関連産業5,215億円、地域経済への被害額9,859億円)。
 大規模な株式会社でも、08年31法人がいったん農業に参入しながら後に後退(農水省調査)。黒字の法人は11%だけで60%は赤字(08年、全国農業会議所のアンケート調査)。
 世界食糧危機にさいする備え(食糧安全保障)が、一層難しくなる。
 食糧主権の確保―自国民のための食糧生産を最優先。食糧・農業政策(輸入規制・価格保障など)を自主的に決定(それこそが世界の流れ)
  農業は国の基幹産業。どの国でも、食糧供給の安全保障のため戦略的産業として保護(助成金、農民に所得保障)、備蓄を義務付けている。現在日本の食糧備蓄は、コメ150万t( 2ヵ月分)、小麦100万t ( 2.6ヵ月分)、 5万t( 20日分)。
  日本は、むしろ農業保護が少なく、価格・所得の補償政策が極めて貧弱―米国(GDPに占める農業生産の比率は1.1%なのに)農業支援度は65%、ドイツ(GDP比0.8%で)62%、イギリス(GDP比42%で)42%、それらに対して日本は(GDP比1.5%で)27%だけ。
 農産物輸出―アジアの富裕層向けに高品質な我が国農産物の輸出が増やせているといっても、せいぜい「贈答用」に利用されているだけ(中国へのコメ輸出は当面20万tめざしているが、それは日本の生産者から60k8,000円と安く仕入れても、中国での精米価格は7万円程度になる)。
 輸入米は、国産米価格60k1万3千円にたいして、中国産米は1万円超(10年前の10倍)で接近しているといっても、アメリカ産米は(国内保護3兆円、輸出補助金1兆円がつぎ込まれ、安く輸出しても生産者には補助金が付くから)国産米の4分の1.
 農業の多面的機能(損得勘定だけでは計れない)―国土・自然環境・里山など保全、水源の涵養、景観、文化など―日本学術会議答申の試算では貨幣換算して年間8兆2,226億円余に相当。TPP参加すれば3兆7,000億円相当が失われる(農水省試算)。
 食糧に対する権利―そもそも市場任せ(市場原理主義)にはできないもの。04年国連人権委員会「各国政府に 対し食糧に対する権利を尊重し履行する勧告」を、日本も含めて圧倒的多数(アメリカ・オーストラリアだけが反対・棄権)で決議。

 国内雇用の空洞化に拍車―農業のほかにも中小企業・地場産業・商店街など寂れ、地域 経済が荒廃へ
 外国人労働者の参入が、看護士などにとどまらず、あらゆる分野に認められれば、海外から渡ってくる低賃金労働者が増え、自国民労働者の雇用減と賃金低下につながる。

 アメリカから諸分野で規制緩和・撤廃を迫られることに―農産物など輸入の際の安全検査・残留農薬などの食の安全基準の緩和―食品添加物・ポストハーベスト農薬・遺伝子組み換え食品などの規制の緩和、輸入牛肉のBSE対策―月齢制限など廃止、郵政資金の運営への米国企業の参加、自動車の安全基準を米国並みに引き下げ、高額混合医療の解禁、米国保険会社の参入、公共事業の入札条件緩和など。

 *農業再生策は必要―多様な家族経営(専業・複合経営・兼業など)を維持するとともに、大規模経営も、集落営農(集落を単位として農業生産過程の一部または全部を共同で行う―機械の共同利用や共同作業、それに特定の担い手に作業を委託する受託組織など多様な形態あり)も。若い世代の農業経営者が参入できるように。
 強制減反はやめ、過剰な主食用米の飼料米・醗酵飼料稲などへの転用生産誘導で耕作放棄地の解消。
 *ASEANを中心とした東アジア諸国(ASAN+3または6)との経済共同体(東アジア共同体)構想の追求は必要―日本とともに稲作で小規模家族経営を主としている各国とも、その産業の特性・食糧主権の尊重を前提に。

●2月26日、政府は市民向けのシンポジウム「開国フォーラム」(その一回目をさいたま市で開催。パネリスト5人は政府が選んだ学者や経済人)を開いたが、「あいまいな説明に終始」したという(朝日)。
 それをも含めて、3月1日現在に至るまで、TPP参加の肯定論は、反対論のそれに比べて、論拠に乏しく、どうなるか分からないという部分が多すぎるようだ。

<参考>世界1月号掲載の田代洋一・大妻女子大教授の論文「浮き足立つ民主党政権にTPP協議をまかせられるか」、同3月号掲載の谷口誠・元OECD事務次長の論文「米国のTPP戦略と東アジア共同体」
 当地で開催された市村忠文・フォーラム平和・人権・環境事務局次長の講演「TPP問題・市民生活と労働者に与える影響」
 朝日新聞その他
 


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