米沢 長南の声なき声


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海賊対処法と自衛隊のソマリア沖派遣の間違い
2009年05月21日

(1)単純な表面的な見方
 ソマリア沖に海賊が横行し、日本関係船舶をも含め各国のタンカーや貨物船が襲われ、被害が多発している。
 これに対して国連安保理が関係国に海賊対策のため軍艦や軍用機を配備するなどの対応を要請決議している。
 米欧(アメリカ軍中心の有志連合軍とEU軍)、中国・ロシア・インドなど十数ヵ国の海軍(軍艦)が、この海域に出動し船舶の警護・救出などに当たっている。
 我が国政府は、海賊はロケット砲など重火器をもっており、海上保安庁では「手に余る」という(海保長官は国会で「遠方への派遣に耐えられる船が海保には一隻しかない。各国が軍艦を出しているところに日本だけが軽装備の警備艇を出すわけにはいかない」などと答弁)ので海上自衛隊を派遣(警察権を持つのは海上保安庁であって自衛隊は、それを「補完」―自衛艦に海上保安官が何人か同乗―するという形をとり)、護衛艦2隻、それに対潜哨戒機(P3C、対潜爆弾もつ)も派遣(ジプチ空港にその拠点を置き、機体警備のために陸上自衛隊中央即応連帯からも派遣)。政府は、それらは憲法違反には当たらないとしている。
 朝日新聞社説も「海賊行為からの護衛は、憲法が禁じる海外での武力行使にはあたらない」としている。
 メディアは、派遣自衛艦は「外国船を二度救った」「大音響装置で海賊を撃退した」(朝日5,13付け「ニュースがわからん」欄)などと「戦果」を報じている。
 日本の船も外国の船も海賊に困っているのだから、それに対処するのは当然のことである。「外国の軍艦が日本の商船を守ってくれるのに、外国の商船が襲われたとき、『日本だけできません』は通用しない。」(元自衛隊幹部で帝京大教授の志方氏)
 それに、シーレーン確保は死活的な国益であり、それに対してあらゆる手を尽くすのは当然のこと。海上自衛隊というものが現に在るのだから、在るものを使うのは当たり前、といったことが自衛隊派遣肯定論である。
 世論調査でも賛成多数(内閣府による調査では63%)である。

 しかし、このような判断は正しいのだろうか。
(2)ソマリアの実態―「海賊」といっても、単なる海賊とは言い切れない。
 そもそもソマリアという国は、1966年までイギリス・フランス・イタリアなどの植民地に分割されていたのが、イギリス領とイタリア領が統合・独立して生まれた。ところが冷戦時代で、ソマリア政府はアメリカに接近、隣国エチオピアでのソマリ族の反乱を支援、エチオピアと武力対立、ソ連はエチオピア軍を支援、米ソの代理戦争の場となった。1991年(冷戦は終わったものの)20年間にわたって軍事独裁を続けた大統領が反政府勢力によって追放され中央政府は崩壊、以後、氏族ごとに武装勢力が割拠、「国連平和執行部隊」―米軍を中心とする多国籍軍―が平定に乗り出しが、武装勢力の反撃にあって(93年、大勢の市民とともに18人の米兵が殺され、死体が引きづり回されるという事件があった)95年米軍は撤収、十数年も無政府状態のまま紛争が続いてきたのである。2000年ジブチで暫定政府が設立、2005年にはケニアのナイロビで設立した暫定政府がソマリア入りしたが、イスラム勢力(「イスラム法廷運動」、原理主義的色合いが強く、アメリカは「アルカイダに操られた組織」と見なす)がそれに対抗した。暫定政府軍はアメリカ軍とエチオピア軍(侵攻)の支援を受けてイスラム勢力に攻勢をかけた。そして今年になって、そのイスラム勢力(穏健派)と和解し、新大統領に彼らの中心人物(アフメド)を選出。新政府は旧暫定政府とイスラム勢力の民兵を統合して治安維持のための軍隊・警察づくりに取りかっている。しかし、イスラム過激派はなおも抗戦を続けている。
 アメリカはソマリアをアルカイダの拠点で「対テロ戦争」の戦場と見なす。 
 2007年アフリカ連合(EU)が平和維持部隊を派遣。
 2009年エチオピア軍撤退。
 国連安保理は本年6月までに平和維持部隊(PKO)設置を検討。

 この間、2006年末以降で、数万人が死亡し、100万人以上が難民になっている。
 生業がなく、そうする他にカネを得るすべのない人々は武装勢力に加わって武器を手にして、かねてよりソマリア人に不信感の強い外国人を襲い、漁民は海賊に化しているのである。(何度もソマリア各地を訪れた写真家の谷本美加氏によれば、「民兵」たちが外貨稼ぎのための外国人誘拐の場を陸から海に移したということにほかならない、というわけ。)
 アフメド大統領は、「海賊は陸上で生活しており、海に住んでいるわけではない。我々は、この人々を知っており、『イスラム法廷運動』の時代には彼らを抑止できていた」(実際、彼が議長を務めていた『イスラム法廷運動』が首都と南部一帯を支配していた2006年当時は、海賊は減少していた)と述べて、米国によるソマリア海賊の陸上拠点への攻撃に反対を表明。国際資金援助が得られれば、1年以内に海賊行為の4分の3は自立で防止できるようになるとし、外国軍駐留に反対をも表明。

 海賊には本来、沿岸国の警備隊が対応すべきもので、ソマリアとその周辺国(イエメン・オマーン・ケニアなど)が各国に求めているのは軍事力ではなく、ソマリアの中央政府と周辺沿岸国の警備能力強化への技術的・財政的支援であり、これら諸国の地域協力体制への支援であろう。

(3)自衛隊を出すとどうなるか
 海賊に対しては本来、警察機関が対応するのが原則。
 獨協大学の竹田いさみ教授は、「海賊対策の要諦は『海のお巡りさん』を育成すること」と書いている(朝日新聞3,16付け「アジアフェローから」)。
 早大の水島朝穂教授は「海上犯罪は海上保安庁で対応するのが筋で、各国横並びで軍艦を出すことはあまりに安易だ」と。
 わが国の海上警察機関は海上保安庁であるが、世界の「海賊の巣」とも言われたマラッカ海峡では周辺各国の沿岸警備隊に警備技術を指導し、大型巡視船を派遣、インドネシアには最新の巡視艇を供与までして、各国沿岸警備隊と連携・共同訓練を行い、情報共有センターも設立、この海域での海賊の激減に主導的な役割を果たしているのである。
 シーレーンの安全確保によって恩恵を得ている最大の受益国として、我が国が沿岸国の警備活動を支援するのは当然のことである。
 我が国の海上保安庁は、大型巡視船(複数の連装機関砲を装備、ヘリコプター搭載)を13隻もっている(「しきしま」はイージス艦なみで4,600万t、ヘリコプター2機搭載。英仏からのプルトニウム運搬船を護衛している。)「抑止効果」ならこれらの巡視船で十分。
 武器使用は、警察官と同様(警察官職務執行法7条が適用)、正当防衛・緊急避難の場合に限って相手に危害を与える可能性のある危害射撃を認めるほか、他人に対する防護、犯人の逃走阻止や抵抗抑止のため警告射撃・威嚇射撃、海保の場合、停戦命令に応じない船にたいする船体射撃も日本の領海に限って認める、ということになっている。
 ソマリア沖への派遣も、通常なら、また、このような海上保安庁の巡視船だけなら問題はあるまい。
ところが、今、そこは紛争地域。しかもそこに自衛隊が派遣されるとなると、紛争当事者はもとより国際社会からは「日本軍」の紛争への介入と見なされ(アメリカ軍が対テロ活動やソマリア本土への作戦を一体的に進める海洋作戦に対する支援―護衛艦や対潜哨戒機が米軍に情報提供を行えば、米軍の軍事作戦全体を支援することになる―とも見なされ)、その武器使用は武力行使と見なされることになる(日本国内では「海賊対策は警察活動だから、『武器の使用』即『武力行使』には当たらない」と説明しても、国際的には軍隊による武器の使用以外の何ものでもない)。国際社会では自衛隊は非軍隊とは見なしたりはしないのである。(自衛隊自身も現地では、警告用の大音響装置で「日本の海上自衛隊だ」と名乗るとともに「日本のNAVY(海軍)だ」とも名乗っている。)
 自衛隊の武器使用は、発足当初は極めて抑制的で、危害射撃は正当防衛・緊急避難のためである場合に限って認められるほかは、警察官と同様、逃走の防止、自己・他人に対する防護、公務執行に対する抵抗の抑止などのための警告射撃や威嚇射撃しか認められなかった。海外派遣が行われだして、それがPKO法からテロ特措法・イラク特措法へと少しづつ拡大されていったとはいえ、自己とともに現場に所在する他の自衛隊員、職務を行うに伴い自己の管理下に入った者の生命・身体の防衛・防護のためといったことに限定されてきた。
 ところが、今度の新法「海賊対処法」案では、それに加え、警護する船舶に「著しく接近し、つきまとい、進行を妨げる」(その判断は現場まかせ)だけで(攻撃を受けなくても)威嚇射撃だけではなく危害射撃(殺傷)をも認め、船体射撃(撃沈)を日本領海以外でも認める。また警護は日本船だけに限らず他国船をも対象とすることに。(アメリカ艦船保護のための集団的自衛権の行使につながることになる。)
 今回のソマリア沖での各国海軍の活動で、イギリス軍は銃撃戦で海賊2人を射殺、フランス軍も2人、アメリカ軍は3人を、人質救出で銃撃戦のすえ射殺。これに対して海賊側は「報復」を宣言し、貨物船にロケット砲攻撃を加えている。インド海軍はタイ漁船の母船を間違って砲撃し撃沈させるという事態を起こしている。
 我が国の派遣自衛隊も、新法が決まれば、その武器使用基準で、このような銃撃戦による海賊の殺害、船の撃沈が可能となり、戦後史上初めて我が国の自衛隊が「殺し殺される」事態を起こす可能性が強まることになる。
 この「海賊対処法」は特措法ではなく恒久法であり、期限も地理的な限定もない。これは、やがて「海賊対処」の場合に限るという限定もなくされて、海外派兵恒久法が制定される突破口となる。

(4)憲法9条はどうなるの
 かつて海外(南満州)の租借地や邦人経営の鉄道(満鉄)を警備するためとして派兵・駐留させたその軍隊(関東軍)が事変を起こした(満州事変)。また居留民保護の名目で北京に駐留させていた軍隊が中国軍との武力衝突事件(盧溝橋事件)を起こし日中全面戦争に発展した。それがさらに「アジア・太平洋戦争」・「第二次世界大戦」に発展、世界史上最悪の惨禍をもたらした。それに対する反省と道義的責任・民族的責任から憲法9条を制定し、国際紛争解決の手段として武力を用いることを禁じ、戦力も(陸海空軍とも)持たないと内外に誓ったはず。
 二度と再び、政府は自国民をも他国民をも一人たりとも戦争の悲惨に引き込み巻き込んではならず、日本国民は自国政府にそんなことをさせないようにする、というのが憲法9条なのである。

 それなのに、政府は何が何でも自衛隊を出すのだという、憲法よりも自衛隊を活用することを優先する考え。麻生首相は「強盗している人たちに対して、こっちも、やられたらやり返さないとしょうがない」などとスピーチしており、朝日新聞社説も「護衛艦の派遣はやむを得ない」などと書いている。世論はこれに対して賛成する向きが多い。日本人の「しかたない症候群」ともいうべきものなのか。そのいいかげんさ。

 日本船主協会常務理事の半田氏は、ソマリア沖を避けて喜望峰回りに切り替えたでは、「用船代・燃料代などのコストが800億円、日数が6~10日余計にかかり、日本経済全体への影響が大きい」と述べている。しかし、それこそ「しょうがない」のではあるまいか。
 ソマリア沖は日本から1万キロ、自衛艦2隻はそこまで行って、アデン湾(東西900キロ)を通る日本関係船を片道2日かけて護衛する。3月末から5月13日まで計17回、護衛した船は55隻で、1回平均3,2隻の割合。民主党は「政府の事前説明(麻生首相は1月末の国会答弁で5~6隻と言っていた)の半数の税金の無駄遣い」として、参院で近く始る海賊対処法案の審議で追及するという。海自では、今後、1回当たりの護衛を護衛船2隻から1隻に減らすことを検討しているという。
 海外派兵(自衛艦・自衛隊員派遣)にかかるコストは国民の税金から支払われるのだ。国民が耐え忍ばなければならないコスト負担というものがあるには違いないが、カネは、むしろ、人々を難民化・海賊化に追い込んでいるその国の経済と治安の自力回復を支援することにこそ当てるべきなのである。
東京外語大学院の伊勢崎教授(国際NGOに加わりアフリカで活動、アフガニスタンで日本政府特別顧問として武装解除を指揮)は「ソマリア沖を避けて、遠回りの航路を選ぶことです。アフリカ南端のケープタウンを回ることも必要でしょう(実際、そうしている商船もあるという―引用者)。そのために輸送日数がかかったり費用が増えたりしても、9条を持つ日本人が払わなければならないコストと受け止めるべきです」と述べている(朝日5,2付け「オピニオン」欄)。

 伊勢崎教授は派兵に猛反対をしない日本人のいいかげんさを嘆いてだと思われるが、「憲法9条は日本人にもったいない」という言い方をしている。
 朝日新聞(1月28日付け)の「声」欄に海上保安庁OBと称する方が寄せた社説批判投稿が載っていたが、その方は次のように書いている。「海上保安庁長官が昨年10月『総合的に勘案すると巡視船を派遣することは困難』と答弁しました」が、「海保の巡視船は世界一周航海ができ、欧州から日本までプルトニウム運搬船の護衛経験があり、北朝鮮不審船対応の武器・防護能力もあります。長官は配下の能力を理解せぬまま、責任を回避した格好です。答弁内容をマスコミや国会は精査せず、まず自衛艦派遣ありきとする政治家の言説に利用されています」と。



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