(1)どうしてこんな不況に
これまで、小泉内閣の下、02年から景気は回復局面が続き、「いざなぎ越え」などと、さも「構造改革」が実ったかのように錯覚された。しかし、07年までのこの間、好調だったのは輸出(1.6倍の増加)であり、それに対して国内需要は1.1倍にとどまった。(02年総需要の10%ほどの輸出が15%に増加し、90%を占める国内需要とほぼ同額増加して)輸出が景気回復を主導したのである。
この間、庶民は低賃金で購買力が抑えられ、自動車・電機など大企業製品は国内では売れなくても海外で売れ、輸出大企業は多いに儲かってきた。アメリカでは、(一般に将来の値上がりを見込んで住宅など不動産や証券を購入して貯蓄の代わりにし)ローンやクレジットに慣れた消費者は、好況が続いている間は、将来の収入増をあてにし、住宅などの資産価値の値上がりを見込んでそれを担保に(住宅の値段が上がるとその担保価値も膨らんで借金の枠が広がり)借金を繰り返し、日本製品を買い消費生活を楽しんできた。しかし、「住宅バブル」がはじけ(住宅ブームが終わって)、ひとたび住宅価格が下落すると、売りに出る住宅が下落のスピードを加速させ、担保価値を下げ、借金が資産の価値を上回る「債務超過」の家庭が急増するようになって、クレジット消費にブレーキがかかる。
住宅ローン会社など貸し手のほうは貸し手のほうで、債権を(「住宅ローン担保証券」として)証券化して転売し(そうすれば借り手が返済不能になった場合の損を抱えこまずに済み、手っ取り早く現金が手に入る)、それを買った証券会社や投資銀行は、それを自動車ローンなど他のローン債権と混ぜ合わせて複雑な金融商品(債務担保証券)をつくり、世界中の投資家や金融機関に売りさばいた。(サブプライム・ローンとは、低所得者向け高金利型住宅ローンのことで、借り手が返済できなくなったら、住宅を担保に新たなローンに借り換えさせる仕掛けになっている。)
ところが、住宅不況になって住宅価格が下落すると住宅ローン債権は不良債権化し、サブプライム関連の証券化商品は値崩れし、暴落して、それら金融商品を抱え込んだ金融機関や投資家は、商品の買い手がおらず、売るにも売れなく大損失をこうむり、リーマン・ブラザーズなど証券会社や投資銀行には倒産・破綻に追い込まれるものが続出することになった。これが「アメリカ発の金融危機」である。
米国経済の先行きに対する不安から投資家が株離れを起こして株価は急落、ドルが売られ円買いに向かって円高(100円を割り込み90円台に)を招き、日本からの輸出製品は高上がりし、ローンに懲りての買い控え(消費低迷)に加えてさらに売れゆきがガタ落ちする結果を招くことになった。我が国における不況が、どうしてこんなに深刻化しているのかといえば、その原因は、我が国経済(我が国の主要企業)が、株主(その6割は外国人投資家)の利益確保を最優先し、労賃や下請け単価を切り下げてコストを抑え、労働者・庶民の購買力・国内需要をないがしろにして、専らアメリカなど海外の消費需要をあて込んで、輸出に依存してきたことにある。そのアメリカで消費需要がガタ落ちし、輸出が激減して減産・臨時休止に追い込まれ、リストラ、労働者の大量解雇が強行されている。
この大量解雇を容易にしたのは、規制緩和による派遣労働・契約雇用など非正規労働の拡大である。
昔(戦前来)飯場や蟹工船などへ人を送った「口入れ屋」や「手配師」は戦後禁止され(職業安定法44条「労働者供給事業の禁止」、労働基準法6条「中間搾取の禁止」)、直接雇用が原則となったが、やがてソフトウエア開発など幾つかの専門業種に限って派遣労働が認められ始め、その業種が増やされていった。経営側に立っている論者はそれを「雇用の柔軟性」「働き方の多様化」などと正当化しているが、非正規労働者は不況時の生産調整(減産)・雇用調整(リストラ)のための「調整弁」なのであり、1999年の派遣法改正で派遣労働の原則自由化され、04年の同法改正で製造業でも派遣労働が解禁されたのはそのためにほかならなかったのでる。
ヨーロッパでは正規・非正規の間で均等待遇(同一労働・同一賃金・同一権利)の原則が徹底していて差が少なく、解雇された時のセーフテー・ネット(失業手当・生活支援を得ながらの職業訓練、社会保険などのカバーリング)も完備していて、労働者は首を切られてもあまり困らないような体制を整えているのに比べて、我が国ではそれらが全く不十分・不徹底で、雇用契約解除・解雇即(寮から追い出されて)「ネットカフェ難民」・ホームレスの境遇に転落する人々が続出している。
派遣労働者でも「日雇い派遣」(携帯・メールなどで連絡を受け、その日その日さまざまな職場へ送り込まれ、明日の仕事の保障はない)などは、生活保護水準以下の貧困状態(ワーキング・プア)に置かれている。
日本では非正社員は、正社員に比して勤労意欲・愛社精神・技術の継承などの点でどうしても劣り、彼らを大量に使っている日本企業は、労働コストは安上がりでも、国際競争力は低下する。
今、「リストラの嵐」(大量解雇)が吹き荒れ、クビを切られて寮を追われた人々は労組やNPOの人達が急きょ設けた「派遣村」(仮説避難所、炊き出しと毛布が用意)でしのいでいる。
(2)企業の社会的責任
私企業は私的営利組織ではあるが、社会的存在でもあり、社会的責任(CSRコーポレート=ソーシャル=レスポンスビリティー)が求められ、社会から次のような役割と貢献が求められる。
①消費者・利用者・取引先(顧客)のニーズに答え、産物やサービスを提供する。
そのさい、品質・安全性・環境保全に責任が求められる。
②人々に雇用(仕事と収入源)を提供する―賃金を上げ、人件費が上がれば、コスト高になり価格を押し上げ、売上が下がる心配があるが、各企業とも労働コスト引き下げ競争・賃上げストップか賃下げ・人員削減などやり合えば、全体として労働者(彼らは同時に消費者)の賃金収入が減り、購買力・消費が抑えられ、商品は益々売れなくなって不況が進む一方になる(最終的には自分で自分の首を絞める結果になる。いわゆる「合成の誤謬」)ので、むしろ、各企業とも従業員に物を買える賃金をきちんと与えてこそ、社会全体として購買力が高まり、売上が増える。(大量解雇・賃金抑制はこれに逆行するやり方であり、景気悪化への悪循環になる。)
③法人税などの納税・社会保険料負担によって国や自治体の財源を支える。
(我が国の大企業の税・社会保険料の負担率は、自動車大手ではドイツより7%、フランスより11%低い。社会保障の財源に占める企業の保険料負担はフランスの4割台、ドイツ・イギリスの3割台に対して日本は2割台にととまっている。)
自治体は企業誘致をおこない、その会社に対して減税措置を講じ、雇用補助金を出したりもしている。
④その他、付随的なものとして慈善的社会貢献事業(フィロンソロピー)もある―スポーツ・芸術・文化活動支援や学術研究への助成金、社会福祉団体への寄付、ボランティア派遣など。
(これらは企業にとっては、短期的にはマイナスになっても、長期的には企業価値を高め、競争力を強め、利潤拡大に寄与する。)
企業にはこのような社会的役割があるのだ。
会社には定款(業務の根本規則を記した文書)があり、会社設立の目的や社の使命が定められてあるが、それにはあくまで、人々に製品やサービスを提供し多くの人々のために役立つべしといったことが書かれ、けっして金儲けの為とか株主を儲けさせる為などと書かれはしない。(金儲け・配当金だけにやっきとなり、他をないがしろにすれば定款違反・違法経営となる。)
株主権とは「残余請求権」といわれるが、それは、賃金支払や債務返済をした後に残る残余利益に対する権利が株主に認められる権利であり、株主配当などよりも従業員への賃金支払のほうが優先されなければならない、ということにほかならない。しかし、現実には企業経営者の考え方に問題がある。経団連の御手洗会長ら日本の財界はアメリカ式(株主資本主義)の考え方で、企業経営を金儲け最優先に考え、株主の利益を最優先、次いで役員報酬を優先して他をケチろうとするのである。
企業の利益は①内部留保(積立金)を残したうえで、②株主③経営者④労働者に分配されるが、この10年①と②③への分配は何倍にも増やされ、④の労働分配率は下げられてきた。(2001~07年、内部留保は1.35 倍、株配当は3.35倍、役員報酬は1.32倍増えたのに対して労働分配率は 14.7%減った。)かつて我が国では、経営不振に陥っても、まずは株主配当のほうを減らし、連続2年赤字になって初めて雇用に手を付けるのが暗黙の「ルール」であって、解雇は万策尽きてやるものとされた。
トヨタ自動車の前会長で経団連の前会長であった奥田氏は、99年当時(文芸春秋10月号で)「クビ切りするなら切腹せよ」と言っていたのだそうであるが、そのトヨタが先頭を切って期間従業員などの大量(昨年中に数千人)クビ切りをやっているのである。
茨城県のある自動車部品製造会社の社長(米沢商業出身で、NHKテレビで紹介された)
は、役員報酬を20%カットする一方、「従業員は宝だから」と言って、労働時間を減らして賃金は下げはしたものの、一人もクビを切らないで頑張っているのだそうである。
(3)どうすればよいのか
今、政府は定額給付金(一人12.000円、子ども・老人に2万円、高額所得者や資産家にまで、総額2兆円)を配って消費喚起・景気刺激をはかろうとしている。
しかし、その費用対効果はいたって低く(せいぜい1兆円の消費増、0.2%の成長率アップ)、焼け石に水にすぎないと見られ、同じ2兆円を出費するなら雇用対策などにあてるべきだろう。
しかも2011年以降、景気回復後としながら消費税アップを行うと明示している。消費税は庶民の消費節約、買い控えのほうに作用し、景気を冷え込ませる。
これらは、いずれも愚策である。消費税は、生活必需品などゼロにするか減税してこそ景気は上向く。
(早稲田大学院公共経営研究科教授の福島淑彦氏―週間朝日3月6日号―によれば、次のようである。
定額給付金に財政支出しようとしている2兆円は、約2.5ヶ月分の消費税収に匹敵する(過去10年の1年当たりの消費税収は9.5~10兆円だから)。
2兆円の消費税は40兆円の消費と対応しており、2ヶ月半、期間限定して消費税をゼロにすれば、経済効果は定額給付金による効果よりもはるかに大きい。それに期間限定であれば、高額な商品への「駆け込み需要」生じる。消費税の税収は、期間分減少することになるが、この間の需要増加をきっかけにして市場にカネが出回れば景気回復につながる、というわけである。)「百年に一度の危機だ」などと、まるで天災でもあるかのような感覚で、「大変だが、誰のせいでもない仕方のないことだ」といった感覚で語られる。しかし、これらの危機は、財界・大企業とその意を受けた自公政権の政策の結果なのである。
そこで、どうすればよいのかといえば、その政策路線を転換して、労働者の賃金、庶民の家計所得・購買力を引き上げ、社会保障・セーフテーネットの拡充によって将来不安を除き、消費マインドを向上させて内需を拡大し、輸出依存からすることである。(元第一勧銀総研専務理事の山家悠紀夫氏―「世界」2月号「日本経済、どこへ向かうべきか」―によれば、国内総生産に対する消費の比率は55%で、輸出の比率は16%であるから、消費を1%増やすことができれば、輸出3%の落ち込みを十分に補える。消費を3%増やせれば、輸出が10%落ち込んでも大丈夫というわけ。)
尚、大企業は赤字決算といっても、それは単年度損益計算書の上でのことで、それでつぶれるわけではないどころか、年々の繰越利益の溜め込み・積立金などの内部留保というものがあり、それは製造業大企業(資本金10億円以上)だけで(07年度末)総額120兆円にも達している。(労働者派遣業の業界団体は3月末までに40万人の非正規労働者が職を失うと推計しているが、平均年収を300万円とすると、40万人×300万円=1兆2千億円だから、内部留保120兆円のたった1%を取り崩せば、彼らは職を失わずに済むのである。)
(昨年10月の労働総研の試算によれば、①非正規(365万人)の正社員化②サービス残業の全廃で新たな雇用118.8万人③完全週休2日制と年次有給休暇の完全取得で新たな雇用153.5万人、これら三つを行えば、労働者の賃金が21.3兆円増、国内総生産24.3兆円増でGNP2.52%アップするとのことである。)個人消費(GDPの55%を占める)を増やし内需を拡大するには(「週間朝日」3月6日号、「世界」2月号などを参考に、それらに掲載された識者の所説を借りれば)次のような具体策が考えられる。
具体策
●賃金―最低賃金の引き上げ―時給、現在703円を1,000円(イギリス・フランス・デンマーク並み)に。(同志社大学経済学部の橘木教授説)
●雇用維持、派遣労働規制の強化―99年の派遣法改正(派遣労働の原則自由化)以前に戻す(製造業への派遣、登録型派遣など禁止)
●正規・非正規の間で均等待遇(同一業務は同一賃金、それに厚生施設などの利用にさいする差別をなくし、雇用保険・労災保険・健康保険・厚生年金保険などの加入権を同等に認める)を原則として身分格差を少なくし、解雇された時のセーフテー・ネット(雇用保険の加入要件・給付期間・給付率などを改善し、再就職先が見つかるまでの間に失業手当・生活費支給とともに希望する職業訓練を受けられるシステム)を充実させ、ヨーロッパ並みに、労働者が首を切られてもあまり困らないような体制を整える。(東大経済学部の神野教授説)
●残業・長時間労働の規制強化
●ワークシェアリング(一人当たりの労働時間を減らして仕事を分かち合うことによって雇用確保をはかる)は労働時間の短縮し長時間労働を無くすためには有効。ただし、それで正社員の賃下げにしかならない(一方で「非正規切り」をやっておきながら、ワークシェアリングを口実に正社員の賃下げをはかる)のでは意味がない。
●雇用保険の拡充―雇用保険の積立金が潤沢にある、その資金を活用、受給要件の緩和、受給期間の延長などして雇用保険の捕捉率(保険受給者数/失業者数)を大幅に引き上げる。(山家氏説)
●生活保護の捕捉率も引き上げる。ワーキングプアなど生活保護水準以下の生活を強いられている世帯で受給を希望する世帯は全世帯が生活保護を受けられるようにする。(山家氏説)
●医療・介護・障害者福祉その他の面で困窮者支援―政府の社会保障関係費がドイツ・フランス等に比べGDP比で約10%も少ない現状の社会保障をヨーロッパ諸国並みの水準に引き上げることを目標に政府支出を増やしていく(50兆円増)。財源は、当面、政府が借金することでよい(国内に余資が約250兆円もあるのだから大丈夫というわけ)。同時に政府支出で削れるもの(軍事費、公共事業関係費など)を削り、負担余力のあるところ(法人税を増税、所得税の累進性の強化、資産課税の強化など)に負担を求める。(山家氏説)
●公共事業も道路やダム建設などではなく、学校や福祉・医療施設その他、生活密着型の事業を拡充、これらの事業への雇用増員。
●環境や自然エネルギー関連の、或は知識集約型の新たな産業と雇用を創出する。以上、こうすりゃいいんだ、と、こうしていくら打ち込んだところで所詮むなしい独り言。しかし黙ってはいられない。せめて「声なき声」を発信しているのだ。