米沢 長南の声なき声


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北京五輪ボイコット騒動
2008年03月26日

 チベット騒乱の真相はいったいどうなのか、それはどういうわけで起こってあんなことになったのか。歴史的経緯・背景、直接的原因(きっかけ)は何か(自然発生か、誰かが意図的に起こしたのか)等、我々は知りたいし、中国政府は外国人記者の現地入り取材を禁じたり、情報隠ししたりせずに、世界に対して公明正大に真相を知らしむべきだ。
 さもないと、中国政府はチベットの「不当支配」や「人権弾圧」など、自分に不都合な真実を隠そうとしていると思われてもしかたないだろう。それが世界の人々に中国に対する疑心暗鬼と不信・反発を招く結果となる。

 「国境なき記者団」はチベットの騒乱事件にさいして中国政府に抗議し、北京オリンピック・ボイコットを世界に訴えようとして聖火採火式の場を利用、そこで妨害行為を演じた。そして、彼らのその狙い通り、中国以外のマスコミはその映像をそのまま流し、それを目の当たりにした各国市民の間に北京五輪に対する否定的機運(嫌気)や「しらけ」ムードがかもし出されたことだろう。
 「記者団」というからには彼らはジャーナリスト。ジャーナリストたるものの使命は人々に事実情報を伝えることであって、それが自分自身のポリシーや政治的立場にとって有利な「宣伝情報」になってもならなくても、事実を偽造(でっち上げ)・偽装(粉飾)することなく、ありのままに伝えなければならない。
ジャーナリストにも自己の思想・信条や政治的立場があり、その立場から論説や政治的主張(中国のチベット支配批判や「人権弾圧」非難など)をしてもかまわないとは思うが、事件(聖火の採火式における妨害事件)を自ら引き起こして(いわば自作自演)、それを宣伝情報にするのは、ジャーナリストとしては(一個人としてならいざ知らず「NGO・・・記者団」を名乗ってやっている以上)逸脱行為なのであるまいか。
 これをきっかけに、これから聖火リレーの先々で、そして開会式や競技中に騒動(トラブル)が頻発し、セレモニーや競技の中断あるいは中止に追い込まれる事態さえ起きかねない。もしそんなことになったらどうするのか。「国境なき記者団」のあの者たちの責任は極めて深刻・重大であるといわざるを得まい。
 3月31日には、聖火は中国にたどり着き、天安門広場で胡錦濤国家主席が聖火を受け取ってそれをかざし、聖火リレーの開始宣言を発していたが、これにも違和感を感じた。政治権力者ではない人だったらよかったものを。

 オリンピックは誰のためのものかといえば、それは世界から国境を越えて集まり一堂に会して競技する選手たち(いわば「国境なき選手団」)のためのものだ。かつて古代のギリシャではアテネ・スパルタなど都市国家が相分かれて抗争したが、4年に一回のオリンピアードの期間中は「聖なる休戦」をおこない、どの都市国家の市民もオリンピアに専心、優勝した選手は月桂冠が授けられ自国民ではなくともヒーローとして讃えられた。その精神は近代オリンピックにも引き継がれている。
 今、世界では中東やアフリカなど諸地域で敵対し抗争しあっている国や民族があり、中国では漢族とチベット族の間で騒乱が起きている。
 しかし北京オリンピックは聖火リレーが既に始まった。「聖なる休戦」期間に入ったといえる。
 IOC(国際オリンピック委員会)は大会運営に責任をもち、開催都市・開催国政府は競技場・宿舎(選手村)その他の条件整備を引き受け、警備にも(聖火リレーに際しては通過国の関係当局も)責任をもたなければならない。各国政府・各国市民はそれをサポートし、それに協力しなければならない。
 開催国政府も、その他の政府も、これを国威発揚や政治宣伝に利用したり、反政府勢力が反政府宣伝に利用したり、いわんやオリンピックそのものを(競技はもとより、聖火採火式・聖火リレー・開会式などセレモニーも含めて)妨害したり、ボイコットしたりするのは間違いであると思う。
 
 尚、前回のアテネ・オリンピックでの国別金メダル獲得数をみると、
  1位 アメリカ(金35 銀39 銅29 計103で、合計数でも1位)
  2位 中国  (金32 銀17 銅14 計63で、 合計数3位)
  3位 ロシア (              合計数2位)
  4位 オーストラリア(           合計数4位)
  5位 日本  (金16 銀9  銅12 計37  合計数6位)
  6位 ドイツ (              合計数5位)
 このようなメダル獲得数とその順位はなにもその国の国威を示すものではなく、メダルはそれを獲得した選手個人の才能と努力を讃え示す以外の何ものでもないのだが、高記録を収めた選手が中国人選手に多いということは、中国人選手をぬきにしてオリンピックは成り立たない(世界記録は成立しない)ということなわけである。
 
 オリンピックはあくまで、日本人選手も漢人選手もチベット人選手も含めた「国境なき選手団」(それぞれの国籍には所属していても国益とか国家の名誉とかにはとらわれない選手一人一人)のためのものなのであって、彼ら選手本位に考えて(ボイコットするとかしないとか、成功させるとかさせないとか)判断すべきなのである。
 IOCのジャック・ロゲ会長はチベット問題を念頭に声明で「いかなる理由によるものであれ、暴力はオリンピックの趣旨・精神に反する」と述べ、聖火採火式のためにオリンピアに到着する数時間前には次のように言明していたという。
 「IOCは政治団体でも活動家の組織でもない」「その主要な責任は運動選手たちにとってできる限り最良の形でオリンピックを実施することだ」と。

付記
*1892年フランス人クーベルタン、「聖なる休戦」協定に基づいた世界平和を究極目的にオリンピック祭典の復興を提唱。
*1896年近代オリンピック第一回アテネ大会は、個人やチームによる自由参加だった。
 1908年ロンドン大会から開会式入場行進でプラカードの国名と国旗が持ち出されるようになった。
 聖火は1928年アムステルダム大会からスタジアムに飾られるようになったが、聖火リレーは1936年ベルリン大会から始った。このベルリン大会はヒトラーによってドイツの国威発揚とナチスの政治宣伝に存分に利用された。
 1980年モスクワ大会は、当時行われたソ連軍のアフガニスタン侵攻にアメリカ・西ヨーロッパ諸国・日本が反対してボイコットした。
 その次の1984年ロスアンジェルス大会は、当時行われたアメリカ軍のグレナダ侵攻にソ連・東欧諸国が反対し、前回の報復もあってボイコットした。
*前回2004年アテネ大会に際しては「五輪停戦」国連決議が全会一致で可決したが、アメリカは署名拒否。
*4月3日IOC調整委員会のフェルブルッケン委員長いわく、「今回の五輪が80年のモスクワや84年のロス五輪のようになってはならない。出場するか否かを決めるのは政治家ではなく選手自身だ」と。
 4月4日北京五輪調整委員会のゴスパー副委員長(オーストラリア)いわく、「ボイコットは選手を傷つける」と。
 4月7日各国オリンピック委員連合理事会のラーニャ会長(メキシコ)、「選手たちは五輪を楽しみにしているし、参加したがっている」と語り、政治家によるボイコット論を批判。
 同日IOC猪谷千春副委員長は、開会式に首脳が参加すべきかどうか(一部の国で議論があること)について、「意味のないことだ」と批判。
 4月8日ゴスパーIOC委員(同上)いわく、「五輪開催国への憎しみを聖火リレーにぶつけるのは間違っている」と。


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