米沢 長南の声なき声


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とんでも国民投票法案
2007年04月10日

 いま安倍首相は、任期中の改憲をめざし、そのための手続き法である国民投票法案を今国会で通過させようとしてやっきとなっている。
 そもそも改憲からして、賛成だという人はそんなに多くいるわけではなく(3月17.18日付の読売新聞の世論調査では46%で半数を割っており、9条に限っては、改正賛成は36%
に過ぎない)、改憲は是非とも必要なのか、自民党が意図しているあのような改憲を国民は必要としているのか甚だ疑問であり、それは限られた人しか望んではいない(2月22日付の読売新聞の調査では「安倍内閣に優先的に取り組んでほしいもの」として「憲法改正」を挙げた人は6,2%で、列挙された17課題中、下から2番目)。
 その国民投票についても、それが今いま必要だと思っている人はわずかである(4月3日付の産経新聞の世論調査では「後半国会で最優先すべき課題は?」との質問に「憲法改正手続きの確立」と答えた人は1,9%で、列挙された8つの課題のうち最下位)。
 自民党が出している国民投票法案自体も実に様々な問題・矛盾点を含んでいる。以下にその問題点を挙げてみたい。
1、公正・中立な法案ではない
 それは憲法を最高法規として一番だいじに思う人たちが、改憲派によって安易に変えられてしまうことのないようにするために定めておかなければならない、というのではなく、その逆で、自民党など改憲派が改憲を達成しやすい国民投票法を決めておこうとして法案を考え、彼らが法案を提出しているのである。
 したがってそれは、以下のように改憲派にまったく有利な法案になっている。
2、有効投票総数の過半数でよいとしている
 96条(憲法改正)「この承認には、・・・国民投票・・・において過半数の賛成を必要とする」とあるが、その母数を有権者総数とするか、それとも投票総数とするか、有効投票総数とするか、3通りあるが(イギリスでは「有権者総数の40%以上の賛成」としている。その場合は投票率50%なら投票者の8割程度の賛成が必要ということになる)、法案はそれらのうち最もハードルの低い有効投票総数を母数としている。
 これでは、仮に投票率5割なら2割台の賛成だけで承認ということになってしまう。また投票率が4割で、無効票が一割あれば、わずか(1,5割を超える)1割台で改憲が成立してしまうことになる。
 何も書かない白票も一つの意思表示であるはずなのに、それが無効票あつかいにされてしまうわけである。
3、最低投票率の定めがない
 例えば韓国では有権者の50%を最低投票率としているが、法案にはそのような最低投票率の定めがない。ということは、この国ではどんなに投票率が低くてもかまわないというわけか。
 与党も、民主党も、それがあるとボイコット運動を誘発するから、そのようなものはないほうがよいと云っているが、ボイコットすることも改憲反対の意思表示の一つであろう。
 投票率を高めるためには、投票日を普通の選挙のように1日だけと限らずに、2日間にするという方法もあるわけであるが、それをどうするかである。
4、広報協議会の構成を各党の議員数に応じて配分
 憲法改正案を国民に周知させるための広報(改憲案の要旨・解説・賛否両論を掲載)をつくり、説明会を開催する等ことは第三者に委ねるか、それらを行なう広報協議会の構成メンバーは賛否平等に割り当てるべきなのに、議員数の多い改憲派政党(自民・民主・公明の各党)に有利な構成にしようとしている。
5、国民の周知期間が国会発議から国民投票まで60~180日だけ
 日々の仕事や生活の合間に、現行憲法・改正憲法の各条文をじっくり読み比べ、そもそも憲法のなんたるか、国家のなんたるか、人権のなんたるか、国家(権力)と個人(人権)の関係、現行憲法の歴史的意義、社会の現状、時代認識、21世紀社会の展望などなど、これらの(学習・議論を要する)検討には期間を要し、それは短期間で間に合うという人もいるが、そうでない人もいるわけであり、全員に徹底するまでには1年ぐらいは必要。
6、公務員・教員の運動制限
 公務員などの「地位利用による国民投票運動の禁止」を定めている。
 公務員は約400万人(国家公務員96万人、地方公務員 308万人)、教員は大学教授を含めて約150万人いる。有権者としては少なくない数である。
 彼らにも言論の自由があり、勤務時間外には一市民として運動(政治活動)にたずさわることが認められて然るべきである。
 我が国では公務員法によって公務員の政治活動は禁止されているが、他の先進諸国では公務員の政治活動は大幅に認められている。
 我が国では公職選挙法によって公務員が特定の政党や候補者の支持を呼びかけるなどの選挙運動は禁止されているが、このような選挙運動と国民投票運動すなわち国民が等しく判断が求められる改憲案にたいする賛否について公務員が人前で意見を表明し呼びかける運動とは違うはず。
 また、どのような場合が「地位利用」になるのか不明確であり、公務員には現行憲法尊重擁護義務があるのに「平和憲法の値打ち」を語ることも、「憲法の大事さ」を語ることもいけないということになるのか、である。
 公務員や教員は(職業柄)法的知識・憲法知識・人権の意義などによくつうじており、人々により的確に説明でき、むしろ啓発運動の担い手たる立場にある。そういう人たちが憲法について人前で(勤務時間外に集会で、大学などでは授業でも)思うように意見表明や呼びかけができなくなるというのは甚だ不合理。
 「ただし違反した場合の罰則は設けない」としているが、公務員法(公務員の政治的行為の制限)に刑事罰もしくは行政処分・懲戒処分の定めがあり、それを「適用しない」とははっきり定めず、「勧誘その他意見の表明が制限されることとならないよう」検討する(「検討を加え、必要な法制上の措置を講ずるものとする」)としている。いずれにしてもそれらの「禁止」規定があるかぎり、その萎縮効果によって、公務員も教育者も積極的な意見表明・呼びかけ等ができなくなってしまうことになる。
 現行憲法99条の憲法尊重擁護義務を課せられている公務員といえば、まずもって総理大臣や国務大臣などのことであり、誰よりも彼らに憲法尊重擁護義務が求められるのであって、その彼らが憲法を変えるべきだとか改憲すべきだなどと言い立てることは許されていないはず(それができるのは国民代表としての国会議員だけ)なのだ。(国会議員には憲法改正の発案権・原案提出権があるが、内閣には普通の法律案の原案提出権はあっても憲法改正の発案権はない。)にもかかわらず、安倍総理大臣は(著書「美しい国へ」で)日本国憲法前文は連合国に対する「詫び証文」のようだとか、(年頭会見で)「私の内閣として(憲法)改正を目指したい」などと公然と発言しているが、このような首相の言動こそ禁止さるべき「地位利用」にあたるのではないか。
7、広告・CMの問題
 無料広告は広告枠を賛否両論同等に扱うとしているが、問題は何億円とかかる有料広告である。(05年の総選挙では自・公・民3党合計で7億6千万かけたという。)そのような有料広告を投票日2週間前は自由に認める(野放しする)ようにすると。これでは、財界から政治献金をうけ、政党助成金(自公民3党で300億円)をもらっていて、資金力が豊富で、(大手広告会社とつながりを持ち、テレビCMの時間枠を数ヶ月前から押えている)改憲派政党に圧倒的に有利となり、広告もCMも(掲載スペース・放送時間は)改憲派が独占してしまうことになる。
8、条文ごとの個別投票か一括投票か
 改正条項が複数にわたっているのを、条文ごとに個別に投票するようにするか、それとも一括投票にするか、どっちにするのかの問題がある。例えば9条2項の削除と環境保護条項の新設とがあるとした場合、前者は賛成だが、後者は反対だ、或はその逆ということもあるわけであり、一括投票は不合理であり、これはこれ、それはそれとして個別に投票させるのが筋であろう。
 一括投票方式では、国民投票が国会の改憲発議を単に追認するだけのものになってしまう。
 当初「一括」を主張していた自民党が「個別」を主張する民主党に歩み寄り、法案は「内容において関連する事項ごとに区分しておこなう」という投票方式にしている。
9、投票年齢18歳以上か
 年齢を20歳から18歳に下げてティーンエージャー世代にも投票参加を認めて有権者を増やすというのは、それにこしたことはない。
 憲法関連の知識と学習は、高校生に限ったことではないが、有権者にはそれが必要不可欠ということになる。

 以上のような問題点があるが、法案は96条に定める憲法改正の国民投票には全く相応しくない不公正極まりないもので、改憲派本位の投票法になっており、そんな国民投票法では、たやすく改憲が(「賛成多数」ということで)成立してしまうことになる。
 1年半以上も前の「郵政選挙」でまんまと獲得した与党議席の圧倒的な数にものを言わせて、教育基本法「改正」の時と同じように、反対を押し切って採決を強行するとしたなら、とんでもないことである。


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