米沢 長南の声なき声


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当を得ない首相の言葉 
2005年12月14日

 ASEANとの首脳会議に臨んだ小泉首相は、靖国参拝は「戦争を美化するのではなく、戦没者に哀悼の意を示すためだ」とし、中国が「一つの問題で会わないというのは、私は理解できない」と述べたという。

しかし、中国などが問題にしているのは、小泉氏個人の信条(内心がどうか)ではなく、首相の靖国参拝という外形的行為を問題にしているのであり、彼らは靖国神社というところはどういうところなのか、首相がそこへ行って参拝するということはどういう意味を持つのか、勝手な解釈ではなく、神社当局が公表している説明と言い分に基づいて、首相参拝というその行為を問題にしているのではないのか。

また「一つの問題で会わないというのは理解できない」と云うが、例えば、北朝鮮の首脳とは、拉致に対して詫びの言葉が一回あったきりで、4人とその家族を返した以外には、何の誠意ある行動を示そうとしない、その拉致問題を抜きにして会うつもりはない、というのは日本にとっては当然のことであるのと同じように、一つの問題にこだわるというのはあり得ることではないのか。それが理解できないというのは、その問題を国家間の信義に関わる大事な問題だと考えないからなのではないだろうか。


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